2013年に設立、冬の農閑期に東北を中心に活動する『東北農民管弦楽団』の第8回定期演奏会。『おれたちはみな農民である/ずゐぶん忙しく仕事もつらい/芸術をもてあの灰色の労働を燃せ』という「宮沢賢治/農民芸術概論」に共感した農家関連の方々で結成されたオーケストラ。その存在だけでもユニークだが、曲目も舞踏を伴う「シャコンヌ」や委嘱作品の初演、そしてドヴォルザークの8番と田舎臭さを隠さない (隠す必要もない) 、そして意欲的なプログラムに興味を惹かれた。 

 

 

 

 

 

 

実に予想を超える入場者数で、立ち見まで出た大盛況のコンサート (最後には入場をお断りする事態にまでなったと聞く) 。全くの想定外だったが、それだけ多くのファンがいるということだろう。配布されたプログラムノートには楽団員の名簿があり、みんな本当に農家出身の方ばかりであった。楽曲解説も楽団員たちによるもので(委嘱作は作曲家自身による解説) 、特にドヴォルザーク8番の解説は農家目線で書かれていて面白かった―これは後述する―。ただ、会場はデッドな響きで、ほぼ残響ゼロ。コンサートホールだと良かったのに…と思わなくもなかったが、プログラム上、ここ浪岡町で行うことに意義があったようだ。

 

 

 

そのプログラムの1曲目は「バッハ/シャコンヌ」の管弦楽版。何と舞踏家「雪雄子」による演出付きである。このスタイルは初めて体験するので大いに興味があった。雪氏は浪岡町出身の画家「常田健」(1910-2000) と交流があり、この度の舞踏はその思い出に捧げられたものだった―常田氏のアトリエでは、制作中によくシャコンヌが流れていたのだという―。常田氏は自らりんご農家を続けながら農民の姿を描いてきた「農民画家」のひとり。それは前述した宮沢賢治の「農民芸術」を体現した姿ともなり、この農民オケの理念とも重なるわけである。

 

「バッハ/シャコンヌ」には追憶の響きが聞き取れる―それは最近亡くなった小澤征爾による、恩師の斎藤秀雄のメモリアルでの演奏を追悼番組で聴いた記憶が真新しく残っているからだけではない。バッハの最初の妻マリア・バルバラへの追悼としてシャコンヌが作曲されたという説があるくらいだから、音楽そのものに「何か」が込められていることは間違いあるまい。そもそもシャコンヌは「舞曲」の一形態。舞踏での表現もまた相応しいと思われる。まさに今回のプログラムは各要素が目指すベクトルが一致した内容であるといえよう。

 

 

 

斎藤秀雄編曲によるバッハ/シャコンヌ。「クラシックの迷宮」で追悼として

オンエアされた音源。入魂の演奏が聞こえてくる―。

 

 

この度のシャコンヌの編曲はロシアの作曲家マキシミリアン・シュタインベルクによるオーケストレーション (1911) である。初めて聞く名前だと思ったらシテインベルクのことだった―最近は特に発音に気を遣うらしい。ドヴォルザーク→ドヴォルジャークのように―。シテインベルクはヤルヴィ指揮の交響曲のアルバムがDGからリリースされていたので、名前だけは知っていた作曲家であった。シャコンヌのオケ編曲版は各種あるが、今回のヴァージョンも興味深かった。前半ではヴァイオリン・ソロから弦楽セクションへ音楽が拡がってゆく変奏パートが印象に残っている (ソロはコンサート・ミストレスが担当) 。ニ長調に転調する中間部は感動的。実際どの演奏で聴いても素晴らしい―演奏行為を超越した音楽かもしれない―。陰鬱なニ短調に戻る後半は木管のリレーがすこぶる印象的。抑え込んだかのような悲しみの表現が素晴らしかった。オーケストレーションの匠さも感じた演奏であった。

 

 

1905年作の「オーケストラのための変奏曲」Op.2。師のリムスキー・コルサコフ

直伝の色彩的なオーケストレーションが聴きもの。

 
 
 

実はこの舞踏付きシャコンヌの前に、予告無しで前座として演奏された音楽があった。僕は随分自由なシャコンヌの編曲だなぁと思っていたが、曲自体が違うのである。気になったので演奏会後、団員の方に話を聞いたら、古関裕而/ラジオ番組「昼のいこい」の音楽であったことを知った。コンサートが13時半開演だったことも合わせての(今回限りの)サービスだったようである―農家の方々にとっては昼休みの休憩時のお供となっているのだろう。コンサートではすぐに気づかなかったが、動画で確認したら聞き覚えのある懐かしいメロディだった。

 

昭和の時代にタイムスリップする―。音楽はタイムマシーンである。

 

 

この演奏後にステージ上の照明が落とされ、雪雄子氏にスポットが当てられる。彼女によるコメントがあり、そこで常田氏の思い出が語られ、オケによるシャコンヌの演奏とともに舞踏が始まった。最初こそは静かだが、音楽の起伏が豊かになるのに反応して、踊りのムーヴメントも激しさを増してゆく。雪の妖精のような白いコスチューム、青のアクセントが印象的。唯一残念だったのはスペースの関係だろう、ステージ上での踊りではなかったことだ―かえって立ち見の方がパフォーマンスがよく見えたかもしれない―。それでも雪氏は客席への階段を行き来しつつ、踊りを昇華していった(客席でぽかんと見つめる子供の顔も印象的だったが)。

 

舞踏とシャコンヌのコラボレーションを見聞きしながら、これは「人生」を描いているのでは、と感じた。人生とは変奏曲のようなものである―僕は第50変奏に到達した。あと何変奏残っているのかは誰にもわからない。でも生きている限り、僕たちは踊り続けなければならない。

 


オドルンダヨ。オンガクノツヅクカギリ

        ―「ダンス・ダンス・ダンス」/村上春樹
 

 

雪氏の舞踏はシャコンヌの最後の響きとともに床に倒れ込んで終わった―。

心の中で僕はブラヴォーを叫んでいた。

 

プログラム・ノートでも紹介されていたイリナ・グリゴレとの映像作品。

 

 

 

 

 

プログラム2曲目は地元の作曲家「西澤ななえ」によるオーケストラ作品「秋の行方」である。農民オケによる委嘱作品で、今回が初演となる。2019年から構想をあたためていたという。プログラム・ノートには西澤氏による作品紹介が載せられている。

 

秋の山に分け入り、御山参詣を唄い祈念する。その声もやがて山に還ってゆく…という風景を描きたいと思い、僭越ながら御山参詣の唄と雅楽『千秋楽』からモティーフを拝借し、作中にばら撒いてみました

 

「千秋楽を終わりの意味だけではなく、末永い寿ぎの願いを込めたオマージュとして、ゆく秋を惜しむ思いとともに作曲した」というこの作品、現代曲にありがちな聞きにくさは皆無で、心象風景に近く、それでいて感情に寄り添うかのような親しみやすい感触の音楽となっている。フレーズの合間に何気なく入るピアノの音が心地よい。これが曲後半になり、舞台袖からテノール歌手が登場して、御山参詣の唄をオケの団員たちと歌い出すと、雰囲気が一気に変わる。大太鼓のほか、何と錫杖まで現れ、スピリチュアルな雰囲気が高まってくるのである(前半のピアノの音が錫杖の音に変容したとも考えられる)。コンサートの司会者によれば、パーカッションが担当した錫杖、作曲家の拘りを実現するために、砂利の道を重い錫杖が引き摺る音を再現すべく4度にわたり試行錯誤して、砂利を敷いた木枠の土台を作ったとのこと。特に現代作曲家は様々なサウンドを試みるために特殊奏法や意外と思える道具を用いたりするが、ここでは単なる新奇なサウンドの追求ではなく、音楽が持つイメージの適切な音化のためのアイディアである点に注目できると思う―性質は異なるが、マーラー/交響曲第6番「悲劇的」でのハンマーの扱いと似ている―。初演は成功だったといっていいのではないだろうか。ブラヴォーが轟くなか、ステージに西澤氏が呼び出されて喝采を浴びていた。西澤氏にしても、自分が作曲した曲が実際に物理的な音を伴う音楽として現れる場面に立ち会うことができて、喜びもひとしおであろう。

 

雅楽「千秋楽」。世界最古のオーケストラ音楽とも称される―。

 

御山参詣の唄をバンドで演奏するとこんなテイストに―。

 

こちらは心霊ホラーの話。スピリチュアルな音であることは確かだが。

 

二度にわたり打ち鳴らされるハンマー。鈍重な音が要求されている。

 

 

 

 

 

15分の休憩の後に演奏されたのは「ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調Op.88」である。会場に向かう車内で、アーノンクール盤を久しぶりに聞いたが、以前感じた繊細さに加え、強めのアクセント(彼がこの曲に修辞学的意味を感じ取った故のことだ)と、対向配置のおかげで分離して聴こえる各パートからの膨大な情報量がまるでマーラーを思わせた―アーノンクールがついに手がけることがなかった作曲家だった―。ボヘミア色豊かなメロディや力強さに注目される演奏が多い中、とても新鮮であった。

 

 

 

 

団員によるプログラム・ノートにはドヴォルザークの両親が肉屋兼民宿を営んでおり、ドヴォルザーク自身、肉屋修行して免状を得たと紹介されている。「鉄オタ」だけではない、「食肉加工業」のドヴォルザークの姿は意外で面白い。このコンサートでは1曲に付き1人の指揮者が割り当てられていたが、ドヴォルザークの8番を指揮するのはチェコ留学の経験のある若い指揮者。俄然期待が高まる。平行短調で始まる序奏は意外に速いテンポでスタート。団員がノリノリで演奏していて微笑ましい。この第1楽章では、ここしか登場しない楽器―ピッコロとコールアングレがエコーのように用いられ、曲に絶妙な表情と深みを添えているが、残念ながら客席からは演奏の様子を確認できなかった(僕が座っていた自由席はオケのほぼ真正面だったが、ステージセッティングの関係か、木管がフラットな位置での演奏となっていた)。でも全4楽章の中で、僕は一番この楽章の演奏が素晴らしく思えた。弦楽セクションの細やかな動きが手に取るように分かり、各楽器と混然一体となったサウンドに感服したのだった―デットな音響がかえって良かったのだろうか。響き過ぎず、速いテンポの中でも楽器間のバランスが絶妙に保たれていた。

 

第2楽章は冒頭ゆっくりと感情をこめて演奏されていたのが印象的。プログラム・ノートには「ヴルタヴァ川の風景」「日暮れにさえずる小鳥」「古城の姿」「農村の祭り」「少女の踊る光景」と、この緩徐楽章の細かな描写が示されている―確かにフルート・パートは「小鳥」の描写そのものである―。ハ短調とハ長調の音楽が交互に繰り返され、ラプソディックな展開すら見せるが、特に短調の部分はベートーヴェン/「田園」の第4楽章「嵐」の場面を想像させる。交響曲第6番や第9番「新世界より」での緩徐楽章は豊かなメロディに満ちていたが、第7番の第2楽章はどこか哲学的で、この第8番のアダージョ楽章は自然描写がありつつもどこか抽象的な印象を受ける。「ブラームス/交響曲第4番」との類似性が指摘される第8番だが、ここではむしろベートーヴェンの交響曲の緩徐楽章に近いものを感じるのである。他の3楽章では「歌」が聞こえることから、ドヴォルザークとしては全体のバランスを保とうとしたのかもしれない(第9番では全楽章に「歌」を盛り込むことに成功したともいえよう)。

 

「日本の演歌を思わせるメロディが特徴」と説明されていた第3楽章では、メランコリックでノスタルジックなワルツが展開する。誰もが虜になる音楽である。この演奏では特に再現部からが美しかった。華やかな終楽章を予告するような新しい素材によるコーダでは指揮者がタクトを掲げたまま、曲を終えた。

 

ドヴォルザーク/喜歌劇「頑固者たち」Op.17より。第3楽章の中間部と

コーダにこのオペラからの引用が認められるという―。

 

 

アタッカで入ると思いきや、一呼吸おいてから掲げたタクトを振り始める。そうして始まるフィナーレは、「お祭りの幕開け」と評されたトランペットの明るいファンファーレが、いやが上にも気分を高める。ドヴォルザークがお手本にしたブラームスも変奏曲形式を用い、ブラス・セクションで開始するが、音楽は全く対照的なのが面白い。ホルンのフレーズも見事決まり、興奮の坩堝へ突入してゆく。プログラム・ノートで(やはり)「コガネムシ」について随分語られているのは、流石は農家出身というべきか。「お祭り」ということではティンパニのリズムと「花巻の鹿踊」をリンクさせて解説していたのも面白かった。最後の変奏でテンポが落ち、夕映えのような叙情的な音楽となる箇所はいつ聴いても美しく素晴らしい―ブラームスの4番より「ハイドン・ヴァリエーション」に近い感興を覚えるのは僕だけだろうか―。そして第1楽章と同様、急速なコーダがやってくる。アーノンクール盤ではコーダの途中で伝統的にテンポを緩めることなく、ほぼインテンポで駆け抜けていったが、この演奏でもそうだった。ブラヴォーの歓声が沸き上がったのも当然といえよう。

 

 

 

 

鳴りやまない拍手がそのうちアンコールを促す手拍子へと変わる―指揮者が再び現れ、感謝のコメントの後、アンコール曲を演奏した。僕はてっきりドヴォルザーク/スラヴ舞曲でもやるのかと思っていたら、全く違っていた。

 

懐かしい人には懐かしい。ノスタルジックな名曲といえるかもしれない。

 

 

2曲目にプログラムノートに歌詞が載せられていた「花巻農学校精神歌」がオケ伴奏で歌われた(作詞は宮沢賢治)。ドヴォルザークを振った指揮者も歌っていたが、そこで初めて気が付いた―2曲目の西澤氏の新作で、舞台袖に現れたテノール歌手とおぼしき人物その人だったということに。急いで経歴を確認すると、声楽家でもあった(どうりで上手いわけだ)。

 

オルガン伴奏による心のこもった歌声を―。

 

 

 

 

 

 

拍手喝さいのもと、コンサートの幕が閉じた―。

 

通常のクラシック・コンサートだとアーティストのCDなどが販売されてて、人々がサイン会に並ぶ様子が見られるものだが、ここでは農家である団員たちによる直売店が開かれていた。開演前には沢山の産直品が並んであったが、僕がホールを出た時には既に品薄の状態であった。それでも職場の同僚の子へのお土産に一品購入することができた。

 

「聴衆と演奏家が一体になったコンサート」というべき、あたたかな雰囲気を終始感じることができた演奏会だった。聴衆の多くは関係者かもしれないし、昔からのファンの方々もいらっしゃることだろう。とかく聴衆の中には「聞いてやった」的な態度であったり、演奏家の中にも「聞かせてやった」的なスタンスの独りよがりな見方が存在するかもしれない。しかし、この農民オケのコンサートではそのような態度は双方に微塵も感じられなかった。それは自然の豊かさと厳しさを、そして生きることの厳しさと人としてのあたたかさというものを、農業を通じて実感しているからに他ならない、と感じたのだった。

 

こんなに人々に愛されているオーケストラを僕は他に知らない―。