2015年に引退を表明し、翌年2016年3月に亡くなったニコラウス・アーノンクールによる実質上のラスト・レコーディング。引退直前の2015年7月のシュティリアルテ音楽祭でのライヴ音源をベースに、リハーサル音源でフォローアップして編集されたアルバムで、「自身の最後の録音」としてリリースすることをアーノンクールが強く希望してのことだった(同じく7月の後半に開かれたザルツブルク音楽祭でも同曲を演奏し、これが生涯最後のコンサートとなった)。アルバム制作にあたっては、引退後の彼がレコーディング素材をすべて試聴・確認し、綿密な編集指示を与えたという。まさに音楽による「遺言」のようなディスクといえるだろう。

 

*ブログ投稿日をアーノンクールの命日である3月5日に選んだのも偶然ではなく、僕なりの追悼の想いを込めてのことである

 

 

 

 

 

 

アーノンクールが初めて「ミサ・ソレムニス」を取り上げたのは1988年のことのようで、1992年のザルツブルク音楽祭でのデビュー曲でもあった―このときに録音されたのがヨーロッパ室内管弦楽団(COE)とのディスクである―。2012年にはロイヤル・コンセルトヘボウとの演奏が映像化された。当盤は3度目のレコーディング、手兵ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(CMW)との初演奏&初録音となったもので、まさに「終着点」を思わせる特別な演奏といえる。

 

とても印象的なジャケット写真。散歩中のベートーヴェンを思わせるアーノンクールの後ろ姿。背中が人生を物語る。そしてディスクの背面には同じ背景ながら、マエストロの姿はない…。

 

 

 

そんなマエストロ・アーノンクールの深い思い入れとは相いれないくらい、僕は長年この作品を聴いてこなかった―当ディスクも「アーノンクール追悼」の意味を込めた購入であった―。後期ベートーヴェン作品そのものは敬遠するどころか、クラシック聞き始めの頃から「作品番号が大きい作品=傑作」だと思って(理解不能でも)聴き続けていた。「ミサ・ソレムニス」が随分後回しになったのは声楽のジャンルが苦手だっただけかもしれない―それが最近趣向が変化し、バッハ/カンタータをはじめ、多くの声楽曲に親しめるようになった。僕にとっても(今更ながら)「機が熟した」のかもしれないと思っている。

 

この一週間というもの「ミサ・ソレムニス」に浸りっぱなしだった(ブログ執筆の時はいつもこんな感じなのだが)。作品に慣れていなかったので、当盤だけではなく比較演奏をYouTubeから幾つか聞いてみた。親しみやすかったのはバーンスタイン/RCO。レニーには弦楽四重奏曲第14番Op.131(弦楽合奏版)の演奏で後期ベートヴェンへの「道」を開いてもらったので、この度もお世話になった。おかげで全体像が掴めた思いだ。ティーレマン/SKDも良かった。この演奏のお陰で幾つか発見も見いだせたのだった。真正ピリオドの演奏ではヘレヴェッへ、ガーディナーなどがあったが、印象が良かったのはサヴァール盤。サウンドの清涼感がピカイチで、声楽の美しさは素晴らしかった。勿論、アーノンクール/RCOの映像も拝見した。当盤と同様「静謐さ」が際立つ―これはアーノンクールの当曲における最も大きな特徴だ―。特に「アニュス・デイ」の深い悲しみには惹きこまれた。ただ、彫の深く徹底された表現と極めた感のある真摯な美しさの点で当盤が優る。

 

バーンスタイン/VPOによるベートーヴェン/弦楽四重奏曲第14番。

師ミトロプーロスによる弦楽合奏版を採用している。

 

ティーレマン/SKDによる「ドレスデン爆撃戦没者追悼演奏会」でのライヴ。

ガランチャやシャーデなど、独唱者にも恵まれている。

 

こちらはアーノンクール/RCOによるライヴ。

 

当盤の紹介動画とプローベの映像。暫し見入ってしまった―。

 

 

 

 

この記事のために「ミサ・ソレムニス」について調べたが、資料に事欠くことはなかった―実に多くの評論と論文が見いだせたからだ。それだけこの作品には謎と魅力があるのだろう。ベートーヴェンがミサ曲を書く際に心がけていたのが、意外にも古い教会音楽(アカペラ様式)だったのがとても興味深い。彼は日記にこう書き残している。

 

本当の教会音楽を書くためには、修道僧たちのすべてのグレゴリオ聖歌などに目を通せ。そしてまた、すべてのキリスト教カトリックの詩篇と讃歌全般の最も完璧な韻律にそった最も正確な翻訳で詞節を調べること。

 

実際ベートヴェンは、グレゴリオ聖歌からパレストリーナ、ヘンデル、バッハなどの教会音楽を研究し、ラテン語の韻律を学んだのだという。当作品が持つ交響曲的な響きとは似ても似つかないベクトルだが、これを止揚してしまうところにベートーヴェンの凄さがあるのかもしれないと感じる。作曲のきっかけは、パトロンであるルドルフ大公が大司教就任と相成り、その叙任式のためだといわれている。しかし作曲が間に合わず、当の叙任式ではフンメルの作品が演奏されたそうだ。ベートーヴェンは膨らむ構想を実現すべく作曲を進め、バッハ/ロ短調ミサに匹敵する規模の大ミサ曲が完成したのだった。まさに「荘厳ミサ」と名付けられるに相応しい作品であるが、ベートーヴェンは「オラトリオとしても演奏可能」として出版社に売り込んでいたのが作品の性格と時代背景を考える上でとても興味深い。

 

思えば、作品番号100番台のベートーヴェン後期の音楽、例えばピアノ・ソナタ(第28~32番)や弦楽四重奏曲(第12~16番)は「拡大→凝縮」という流れを見せたが、交響曲や変奏曲そしてミサ曲は拡大の一途を辿ったような気がする。「ミサ・ソレムニス」は「第九」の作曲を中断して行われた(同時期に「人類の至宝」ともいえる多くの後期作品が作曲され世に生み出されていたという事実に改めて驚愕させられる)。第九はいうまでもなくフィナーレに声楽が導入される「オラトリオ」的な性格を持っている。サー・アンドラーシュ・シフによれば、ピアノ・ソナタ第30番や第31番の終楽章に「ミサ・ソレムニス」の影響が感じられるという。これらの符合は大変感慨深く、同時に考えさせられる。

 

世界初演はサンクトペテルブルクでの慈善演奏会にて「オラトリオ」としてなされた。主催者はロシアの貴族ガリツィン侯爵で、彼は後に3曲の弦楽四重奏曲を依頼することになる(第12,13,15番)。その1か月後ウィーン初演となるが、「キリエ」「クレド」「アニュス・デイ」の3曲のみで、しかもタイトルは「讃歌 Hymnen」と名付けての演奏だった―とはいえ、この時はベートーヴェン総指揮のもと(ガリツィン侯爵に献呈した)「献堂式序曲」Op.124、そして「第九交響曲」Op.125 が共に演奏されたというのだがら、大変なヴォリュームである―。これには当時のウィーンの時代背景が関係しているようである(教会音楽を、教会以外の場所でそのままの形態で上演することが禁じられていた。当時の政府による検閲は厳しかったらしい)。ただし初版譜ではしっかりと「ミサ・ソレムニス」と印字され、このタイトルで普及されることとなった。また、印刷譜が出回って以降も、抜粋演奏は盛んになされていたようである―19世紀にはシューマンがその形での演奏を体験し、後日自らのコンサートでも同様に取り上げたという―。もちろん今では全曲演奏が当たり前となっているが、80分を超える演奏時間のため、演奏者も聴衆も集中力(と体力やスタミナ)が求められる―とりわけ合唱団にとっては試練以外の何物でもないだろう。でもその先には至福が待っている―。CDアルバムでは通常2枚組だが、ピリオド系の演奏では1枚に収録されるケースが多い(当盤も同様であるが、だからといって性急さを感じさせないところが素晴らしい)。

 

Бетховены №5 С минор симфони. Үгээр илэрхийлэхийн аргагүй боловч… | by munkherdene ankhbayar ...

音楽室で必ず見かけるベートーヴェンの有名過ぎる肖像画 (シュティーラー作)

手に持っている楽譜が「ミサ・ソレムニス」だと今回初めて知った―。

 

 

 

同時期の第九と違って、ミサ・ソレムニスは傑作だがなかなか演奏の機会も聴取の機会も (意識して聞かなければ)少ない気がする。でも初演の様子や後の数々の評論を目にするに付き、作品そのものに理解を超えた部分があることは否定できないようだ―ベートーヴェンの作品は作曲する度に常に前作を、過去を超えて行く。その進歩性、革新性がベートーヴェンを「ベートーヴェン」たらしめているに違いない―。よって多くの評論と解釈が生まれ、演奏家にとってもリスナーの僕たちにとっても一種の挑戦となる。第九の演奏で不朽の名演を残したフルトヴェングラーでさえ難しさを覚えていたとは少し信じがたい。

 

私は長い間、この曲に没頭し、熟知し、暗譜したけれど、この中に隠されているものを引き出すことができなかった。

 

 ロマン・ロランは「精神の財宝の一つ」と音楽が包含するたぐいまれな精神性を称えながらも、アニュス・デイの終結部に戸惑いを隠せず「中絶したまま終わる」ことにどうしても謎が残るという。アドルノは「異化された大作―ミサ・ソレムニスについて」という論文のなかで、作品を鑑賞して感じる微妙な違和感が言語化されて列挙しているが、なかでも最も奇妙なのはアニュス・デイであると語っている―僕は単純にそのアニュス・デイが最も聴きごたえがあって面白いと思うのだが―。

 

 

では(より大事なこととして)アーノンクールはどうだろう?

面白いのは、アーノンクールがオーストリアの最高位の貴族の嫡男であり、ミサ・ソレムニスを献呈されたルドルフ大公は彼の高祖父の末の弟であるという事実である。まるでドラマの設定のようだが、(再録音の少ない)アーノンクールがこの作品に拘る理由がアイデンティティのレベルまで遡ることができるのだ。

 

ライナーノーツには解説とともに、ミサ・ソレムニスとその演奏を巡るインタビューが載せられている。そこには初演当時から人々を翻弄した要素のひとつ―頻繁なテンポ変化について指摘されている。実に約30通りの異なるテンポ記号が記されており(モーツァルトのオペラ1本に相当する)、その殆どが一度しか用いられず、しかも基本テンポに戻ることもないのである。さらに演奏解釈についてこう語られている。

 

ニコラウス・アーノンクールの解釈の秘密の一つは、この記念碑的な作品を沈黙から発展させ、通常の熱狂的な響きを範囲内に保ち、必要に応じていつでも個々の声を全体のテクスチャーから浮かび上がらせる能力でした。(…) アーノンクールほどミサの言葉の意味を意識していた指揮者はほとんどおらず、その結果、彼は常にラテン語の本文に隠された多様な解釈の可能性が注意深く音楽と一致するよう努めた。この知識から生じた音楽メッセージの微妙な違いは、ベートーヴェンの意図的に (矛盾を含ませた) 詳細なダイナミクスに対する指揮者の非常に慎重なアプローチに部分的に依存しており、アーノンクールの「テンポ・ドラマトゥルギー」は常に作品の一貫した構造と自然な雄弁さをもたらしました。

 

 

また、2015年5月に行われたインタビューでは、次のような興味深いやりとりがなされていた。

 

アーノンクールさん、ミサの厳粛な行事は音楽を通して神の存在を証明する試みに例えることができますか?

 

ベートーベンは決してそのようなことをしようとはしなかっただろう。神の存在を証明すれば、どんな信仰も、どんな宗教も終わりを告げるでしょう。その一方で、すべての芸術と音楽は、特に超越的なものとの関わりを表していると主張することもできます。ベートーヴェンは常に理解できないものと戯れ、予期せぬアプローチを切り開き、目に見えないものを見えるように、あるいはむしろ聞こえるようにしていたという印象があります。私たちは非常に多くの変化を経て導かれ、そのプロセスの終わりには私たち自身も変化したと言えるでしょう

 

さらに、現代人がもはや感じられなくなった本来の調性の特徴を取り戻すためのピリオド楽器の在り方やピッチの問題 (演奏ではa-430Hzを採用)、作品に内在している演奏の不可能性についての指摘がなされていた (注意深い「策略」が必要だ!)。それらはベートーヴェンに限った問題ではないのかもしれないが、常に現状を超えようとするスピリッツは、ベートーヴェンとアーノンクールの両者に共通しているのではないだろうか。

 

 

 

 

ここからは、各楽章の印象に残る部分などを挙げていきたいと思う―。

 

ミサ曲の冒頭に配置される「キリエ」はバッハやシューベルト等、多くの魅力的な音楽に恵まれている楽章であろう。ベートーヴェンも例外ではない。自筆楽譜冒頭にはベートーヴェン自身による有名な言葉が書き込まれている。この大曲の精神的支柱のようなものであろうし、終楽章に見られる「書き込み」とリンクしているものと思われる。

 

願わくば心より出でて、心へと還らんことを

 

「Mit Andacht」(祈りをこめて) という演奏指示のもと、心を落ち着かせるようにジワリと内奥に染みわたってゆく音楽だ。オケによる序奏で、シューマン/交響曲第1番「春」~第2楽章のサウンドが聞こえるのは偶然であろうか―そこでは「春の夕べ」を描いていた―。前述の、シューマンがこの作品を聴いていたという史実と照らし合わせると興味深い。アーノンクール盤は他の演奏よりゆっくりのテンポで、和音の微細な変化を丁寧に描いていて素晴らしい。

 

バッハ/ロ短調ミサ~「キリエ」。小澤征爾/サイトウ・キネン盤より。

 

シューベルト/ミサ曲第6番~「キリエ」。ブルックナー的地平線が見える。

アルノルド・シェーンベルクchoとアバドも多くの共演を重ねてきた。

 

シューマン/交響曲第1番「春」~第2楽章。アーノンクール/COE盤で。

 

当盤音源より「キリエ」を―。

 

 

 

 

第2楽章は輝かしい「グローリア」。 ナチュラルトランペットによる祝祭的な響きと冒頭の、天に突き抜けるような上昇音型が印象に残る―多くの識者はヘンデル/オラトリオ「メサイア」との関連も指摘している―。とにかくエネルギッシュな楽章だが、だからこそだろうか、中間部の穏やかさはオアシスのような存在である。「Quoniam」以降の展開は、壮麗かつ強靭そのもの。音楽の強度も最高レヴェルに引き上げられている。アーメン・フーガから二転三転するプレストのコーダは、交響曲第5番の (しつこい) フィナーレを想起させるベートーヴェンらしいなかなか終わらない音楽。プレストに入る直前、合唱団が歌うアーメンの語尾を弱めるのは当盤のみの解釈のようで他では聞いたことがない。旧盤のスタイリッシュな演奏とは異なり、当盤ではエネルギッシュなだけでなく老練さを感じさせるが、アーノンクールとの共演を目的に設立されたアルノルド・シェーンベルクchoの気力溢れるコーラスとCMWの爆発的な合奏力に驚嘆する。

 

ここでは旧盤のアーノンクール/COEによる若々しい演奏で―。もちろん

合唱団はアルノルド・シェーンベルクchoである。

 

当盤音源より「グローリア」の後半部分「Quoniam」から終結部まで。

 

 

 

 

第3楽章は「クレド」。ミサ曲の中でセンターに位置し、最も長い楽章でもある(テキストも長大だ)。ここでは教会旋法の「ドリア調」「ミクソリディア調」を採用され、独特の翳りを感じさせる。ベートーヴェンの研究の成果が発揮された音楽といえるかもしれない。殊に「Et incarnatus」での痛みを伴う和音と沈滞する表情、特にテノールによる美しい歌とのコントラストが素晴らしい。「光」と「陰」の相互関係のようなものを想ってしまう。「Et resurrexit」でのダンスステップを踏むようなフレーズは面白い―ここでは「キリストの復活」が扱われているので、歓びのステップといったところか―。さらに「信仰告白」は続き、クライマックスを経て現れるソリストたちの四重唱はまるで「第九」のフィナーレのようでもある。

 

ベートーヴェン/カノン「神は堅き砦」WoO188。クレド主題そのものである。

 

シフのベートーヴェン/ピアノ・ソナタ全曲レクチャーより。第30番の終楽章

にはクレドの音型が現れるという。

 

当盤音源より「クレド」の心臓部といえる「Et incarnatus」を―。

 

サヴァール盤より、クレド終結部。四重唱が一際美しい。

 

 

 

 

第4楽章「サンクトゥス」(後半は「ベネディクトゥス」)からが、僕がこの作品でも最も心惹かれた音楽である。サンクトゥスは明るい曲調が多いが、冒頭がアダージョかつマイナー調で静かに始めるのはベートーヴェンの独創性だと思う。ここでキリエ楽章にあった「Mit Andacht」(祈りをこめて) の指示が再び現れるのは実に興味深い。そのロ短調の装いはニ長調の素顔を晒して、即座に脱ぎ捨てられる(テンポはプレスト)。さらにミサではオルガン演奏がなされたという短い「プレルーディウム」(前奏曲)が登場する。木管やトロンボーンなどの音色がオルガンを想起させる厳かで僅かに神秘性も感じられる音楽。ふと「マーラー/交響曲第8番」の間奏部分を思い出したりもした。

 

マーラー/交響曲第8番~第2部冒頭「Poco Adagio」。アバド/BPO盤で。

 

 

この前奏曲のあと、光が差すようにフルートに導かれヴァイオリン・ソロが登場し「ベネティクトゥス」が始まる。ここでの音楽はもはや美しすぎる。「言語を絶した美しさ」とはこのことなのではなかろうか。このオブリガート・ヴァイオリンのパートはコンマス(コンミス)が担当するが、当盤ではErich Hobarthが滴るような美音を聴かせている―前述の動画でのティーレマン指揮の演奏ではその場で立奏させていた―。情報によればBPO(ベルリン・フィル)での主席ヴァイオリン奏者のオーディションでの課題曲なのだそうだ。フワッと舞うようなソロ・ヴァイオリンの背後ではオルガンを模した木管が低音域を奏する。

 

至純の美しさをたたえたこのオブリガート・ヴァイオリンは何を意味するのだろう?ミサの手順からすれば「聖霊」と解釈できるらしい。ベネティクトゥスの歌詞からすれば「メシア(キリスト)」となるだろう。冒頭サンクトゥスの内容(セラフィムの宣言)を引き継いだものと考えるなら「天使」と解釈できるかもしれない―貴方は如何に?―。あまりにも美しいので(先ほどからそれしか言っていない)、僕はヴァイオリン協奏曲やロマンスを超えるのではないかとすら思ってしまうが―異論は認める―、ベートーヴェンはどこからヒントを得たのだろう?

 

すぐに「バッハ/マタイ受難曲」での有名なアルトのアリアを思い出すが、内容は全く異なる。むしろヘンデルやモーツァルトの作品に近いのかもしれない。そして、シューマンやブラームスの初期の交響曲に見られるヴァイオリン・ソロを登場させるオーケストレーションはここから学んだのでは、と想像してしまうのである。

 

オブリガート・ヴァイオリンは楽章の最後まで音楽に寄り添ってゆく―。

 

見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである

(マタイによる福音書28:20)

 

 

モーツァルト/ハ短調ミサ K.427~「Et incarnatus est」。妻コンスタンチェが

歌ったというこの曲はまるでアリアのようだ。僕が贔屓にしているソプラノ、

パトリシア・プティボンのソロで―。

 

シューマン/交響曲ニ短調 (1841)~第2楽章。ヴァイオリン・ソロが

オブリガート風にメロディを装飾してゆく―。

 

ブラームス/交響曲第1番~第2楽章。アーノンクール/BPO盤より。

楽章終盤ではヴァイオリン・ソロが歌う―。

 

当盤音源より「サンクトゥス」を―。(2トラックに分かれている)

 

 

 

 

そして最終楽章は「アニュス・デイ」。ロ短調による嘆きと絶望の色が見えるような音楽は、バス歌手によって歌い出される。周りの空気の色が変化するような漆黒のイメージだ。思えば、どのミサ曲でもアニュス・デイには独特の深みがあると思う。主調が長調でもこの楽章だけは短調で書かれることが多いのはテキストの内容ゆえかもしれない。

 

シューベルト/ミサ曲第2番ト長調~「アニュス・デイ」。ホ短調で始まる。

耳と心が惹きつけられる音楽だ―。

 

 

曲の後半「dona nobis pacem」(与えてください、私たちに平和を)はバッハのロ短調ミサと同様、単独の曲として扱われているが、これこそが多くの識者を悩ませてきた「奇妙な」音楽である。重要なポイントは(キリエ楽章で触れたように)ベートーヴェンによって「内的な、そして外的な平和の願い」と記されていることだ。音楽は「pacem」(平和を)がリピートされ、希求するような明るい響きが印象に残るが、突如様相が激変する―「戦争」の描写ともいわれる音楽が交互に二度挟まれるのである(後者が最も激しい)。それはどこかマーラーやショスタコーヴィチの音楽を思わせる。

 

最初はアレグロ・アッサイ。ティンパニとともに軍楽風のラッパが不安を掻き立てる弦楽セクションとともに侵入してくる―「田園交響曲」の「嵐」のようでもある―。それは二度目の「災厄」の前兆にも聞こえる。幸い長くは続かず、再び「平和の希求」がなされる。途中のオケのみの間奏は第九のそれを思わせるが、その後に現れるのは「歓喜の主題」ではなく、二度目の「騒乱」である。テンポはプレストになり激しさを増す。特にティンパニの激しさが著しい。ここでは「dona pacem」(与えてください、平和を)と叫ばれる―歌詞が変わっていることに注目。「平和」がより相対的になっているということだろうか―。これも長く続かず再度「pacem」が歌われるのである。

 

これらの箇所のアーノンクールの解釈をインタビューから拝聴しよう―。

 

ベートーヴェンのアニュス・デイの設定は特に注目すべきものであると私は思います。「ドナ・ノビス・ペースム(dona nobis pacem)」は、平和がすでに存在していることを示唆するような方法で解釈されます。しかし、この言葉は、支配しているのは平和ではなく、大惨事であることを意味しています。これはミサ・ソレムニスで特にスリリングです。私にとって、これは平和がそもそも存在し得るのかという疑問を引き起こします。私はこれを心理学的に見ています。もちろん、この当時、ナポレオン戦争の記憶はまだ人々の記憶に新しく、音楽の中に燃え盛る街の姿も見えるかもしれません。しかし、「戦闘」はむしろ私たちの内側で起こっている葛藤を描く傾向があります。それはベートーベン自身が言ったように、「内と外の平和」を求める嘆願です。そして、実際のドラマを構成しているのは内なる葛藤だという方が、はるかにもっともらしいと私には思われる。外側の側面よりも内側の側面の方が重要だからです。

 

 

「心理学的」な要素として解釈しているという彼の意見にはびっくりさせられた―実は僕も同じように感じていたからである―。アーノンクールは2005年に「京都賞」を受けて来日したが、その際のインタビューでは、「芸術全般が危機にひんしている」「世界全体が精神より物質の価値を重んじ、教育の現場でも実務が芸術を圧倒、皆が小さな幸せに甘んじている」と述べていた。「闘う人」アーノンクールの面目躍如といった発言だが、そのスタンスが最後まで貫かれていたのではなかろうか。

 

 コーダは大団円を築くことなく、長めのパウゼのあと、ティンパニの残響の中、不思議な呆気なさで終結する。まだ続きがあるような、あるいは途中で終わったかのような雰囲気を感じてしまう。だが、このアーノンクール盤では結論を未来に託すような印象を受けたのだった。

 

再びシフのレクチャーより。第31番終楽章の2度目のフーガでは、

「dona nobis pacem」のフレーズが聞こえてくる―。

 

 当盤音源よりアニュス・デイ全曲を―。(2トラックに分かれている)

 

 

 

ミサ・ソレムニスの作曲で第一に意図したことは、演奏家と聴衆に宗教的な感情を呼び覚まし持続させることだ

 

 

このベートーヴェンの意図は、生涯最後となったアーノンクールの渾身の演奏によって成し遂げられたのではないだろうか―。