UKのロック・シンガー、スティングが同国イギリスのルネサンス作曲家ダウランドを取り上げたことで話題になったアルバム。国内外盤含め様々なヴァージョンがあるが、こちらは「アニバーサリー・エディション」と題し、日本盤にはない選曲やDVDが収録された2枚組のアルバム仕様となっている。ちなみにこの録音はクラシックの老舗レーベル、ドイツ・グラモフォンへのデビュー盤となり、これ以降何枚ものアルバムがリリースされることとなる。

 

 

 

 

オールド・ファンであれば、きっと「ポリス」時代の彼から知っていることだろう―僕は名前だけしか知らないくらいだったが、昔家族ぐるみで仲良くさせてもらっていたところの娘さん (今でいうHSP気質の子だった) が、スティングのCDを僕に聞かせてくれたことがあった思い出があるくらいだ―どんな曲だったかは覚えていないが、確かアルバム「The Dream of the Blue Turtles」だったと思う。むしろ、映画「レオン」(1994)での、あの切ない主題歌「Shape of My Heart」の方が親しみがあるかもしれない。

 

女優ナタリー・ポートマン(当時12歳)のデビュー作となった映画「レオン」。22分の未公開シーンを加えた「ディレクターズ・カット版」も存在する。

 

スティング/「Shape of My Heart」。レオン以外でもどこかで聞いたような。

 

スティング/「If On A Winter's Night」(2009)~「Hurdy Gurdy Man」。ご存じ、シューベルト/「冬の旅」の終曲を渋い声質で歌いあげる―。

 

ロイヤルpoと共演した「Symphonicities」(2010)。スティングの歌がシンフォニックに変貌する。

 

実はこれこそがスティングのDGデビュー盤(1990)だったかもしれない。

 

 

 

発売当初話題を呼んだこのアルバム、母国イギリスでは特に反響を呼んだようで、英国オフィシャルアルバムチャートに入り、「ビルボード200」で25位にランクするなど、クラシック・アルバムとしては異例のものだったが、スティングのファンからのアンチメッセージも多く見かける賛否両論の結果となっている。彼のアルバムはリリースされた途端、必ずと言っていい程トップ10に入るらしいが、このアルバムだけはそうはいかなかった。そこにイギリスのリスナーの本音が垣間見えるのである。それでも様々なヴァージョンがリリースされていること自体、関心の深さは拭えないのかもしれない。僕が最初に聞いたのはもちろん日本盤であったが、当時ソプラノかカウンターテナーの声質に慣れていた僕にとって随分異質に響いたことは確かだ。実際その後素晴らしい演奏に巡り合ってしまったので、スティング盤は手放してしまった。

 

 

それから数年が過ぎ、何気にサイトを調べていたら、スティング盤に複数のヴァージョンがあることを知り、ダウランド生誕450年記念のこの2枚組アルバムに目が留まったのだった。2枚目のDVD盤については改めて扱うことにして、ここではCD盤のほうを取り上げてゆきたい。

 

 

 

このスティング盤の大きな特徴のひとつは、初代ソールズベリー伯爵ロバート・セシルに宛てたダウランドによる手紙 (1595) の朗読が7回に分けられて挿入されていることだ。ウィキペディア英語版の説明からすると、どうやら2曲目に演奏されている「Can she excuse my wrong」(あのひとは言い訳できるのか)の歌詞と関係しているようなのだ。彼の研究のあとが伺える(そのことはDVD収録のドキュメンタリーでも明らかになる)。僕はここに前述の動画にあったプロコフィエフ/「ピーターと狼」のナレーションの影響を感じる。某サイトのレビューを見てもこの朗読についてのアンチ意見が多かった気がする―音楽が分断されるからだ。かく言う僕も当初はそう感じていたが、今はむしろ好意的に受け止めている。彼の魅力的な声質のおかげかもしれないが―。

 

そして(おそらく)自身初のリュート演奏、も大きな魅力だろう―彼の声は言うまでもない。ギターを巧みに操るアーティストがリュートを演奏した場合どうなるかは想像するしかないところだが、聞いてる限り見事なものだ―。共演しているリュート奏者エディン・カラマーゾフの助言も功を奏しているのかもしれない(DVDにはその様子も収録されている)。リュートのみのインストゥルメンタル・パートが5トラック収録されているのも良いアクセントとなっている。

 

20曲目に収録。2つのリュート版。リュート・デュオはこのトラックが唯一だ。

 

 

この「アニバーサリー」盤は通常23曲あるオリジナル版に加え、セント・ルカ教会でのライヴ音源が9曲収録されていることが大きな魅力である。そこでは何とスティングの持ち歌2曲がリュート伴奏版で披露される、というサプライズも用意されているのが嬉しい。この模様はDVDにも収録されているが、自作になった途端明らかにオーディエンスの反応が盛り上がるのが面白い。

 

スティング/「Field of gold」。状況が良く分からないが(TVドラマ?)、実際に2人が出演して弾いている。大人の男女の会話にも合いそうだ―。

 

 

 

 

 

 アルバムは30秒ほどの短いリュート・ソロからスタートする。このフレーズはダウランド編曲による作者不詳のバラード「As I went to Walsingham」が由来のようだ。2曲目の「Can she excuse my wrong」から早速スティング独自のダウランド観が聞かれる。

この曲を含む数曲は複数の歌手を想定しているが(ソロで歌うことも多い)、スティングは多重録音でアンサンブルを作る。クラシック界ではまだまだ抵抗の多い方法だが、当然のように採用しているのが良い。

 

スティング節全開―。2ヴァーズからアンサンブルになるが、間奏のリュート演奏も見事だ。カラマーゾフの卓越した技巧が冴える。

 

8曲目「The lowest trees have tops」。スティングお気に入りの1曲だそうだ。

 

13曲目「Come, heavy sleep」。ダウランドの歌曲でも好きな曲の1つ。この曲の前後にリュート・ソロの作品を挟んだプログラミングにメッセージ性を感じる。

 

14曲目「Forlorn hope Fancy」。厭世感漂うリュート・ソロ―。

 

16曲目「Come again」。彼のノリに乗った歌いぶりが目を引くが、素晴らしいのは終盤。時間が止まったかのような、儚い演奏となる―。

 

19曲目「Weep you no more, sad fountains」。一番チャレンジングだった曲のようで「バーゼル・スコラ・カントルム」のカウンターテナー・Richard Levitt氏の教えと激励のおかげだと、スティングは述べている。

 

オリジナル盤最後の23曲目「In darkness let me dwell」。ダウランドの時代の暗闇は現代の暗闇と異なっているのだろうか―。

 

 

 

 

24曲目以降は前述通りセント・ルカ教会でのライヴ(BBC放送音源)が収録されているが、ダブってるのはダウランド作ほかの6曲で、残り3曲はよく「ダウランド・アルバム」に併録される機会の多いロバート・ジョンソンの作品とスティングの2作品「message in a bottle」&「Field of gold」であるが、ルネサンス時代の音楽の後に自作が演奏されても不思議と違和感が少ないのはリュート伴奏のためであろうか。ライヴならでは開放感が印象的で、演奏も幾分即興性が感じられる―。僕的には最後の「Field of gold」の叙情性が俄然好みである。

 

「message in a bottle」。ポリス時代の名曲。1988年ライヴ。

 

「Field of gold」。1993年作品。今回のアルバムを聞かなかったら知ることのなかった曲である。嬉しい出会いだ―。

 

 

 

ライナーノーツには6ページにわたるスティングによる解説が載せられている。日本盤のアルバムの帯にはスティングの次のコメントが載せられていた―。

 

17世紀はじめのポップ・ソング。1563年生まれのジョン・ダウランドは、私たちが馴染み深い典型的に疎外されたシンガー・ソング・ライターのおそらく先駆けであったろうし、何か現代的な鋭い共感を覚えるものが彼にはある 」  

 

 

 

 

To be continued。。。。

 

 

 

 

アルバムのトレーラー。次回の予告も兼ねて―。