全6枚からなるシューマン/室内楽曲全集。その第1作目。ジャン・ユボー&ヴィア・ノヴァSQによるピアノ五重奏曲&ピアノ四重奏曲が収録されている。

 

 

 

 

 

 

よく知られているように、シューマンの作曲時期というのはジャンルが固定されるふしがある。なのでよく「歌曲の年」とか、「室内楽の年」とか呼ばれることがある。性格なのか、一点集中タイプなのかはわからないが。初期はピアノ曲が圧倒的に多かった―自身ピアニストを目指した時期であったろうし、クララの存在も関係していることだろう。彼女の薦めもあって管弦楽作品を手がけるようになるし、結婚とほぼ同時に歌曲が大量に生み出されることになる。室内楽のジャンルがピアノを含む作品が多いのもある意味頷けるところだ。今回取り上げる楽曲たちもそうである―。

 

現在、「ピアノ五重奏曲」といわれて思い浮かぶ楽曲たち(「ピアノ+弦楽四重奏」)は、実はシューマンが「初」かもしれない―。彼以前にもこのジャンルは存在していたが、「ピアノ四重奏+コントラバス」という編成がメジャーであった(あるいはモーツァルトやベートーヴェンの作品に代表される「ピアノ+管楽アンサンブル」編成のもの)。最も有名な曲はシューベルト/ピアノ五重奏曲「ます」かもしれない。ネット調査してみると、ボッケリーニ以降、フンメルやデュセック、そしてシューベルト、さらにはリース、クロンマー、ルイーズ・ファランクなど数多くの作曲家が作品を残している。

 

思えば、初めて聴いたシューベルト/室内楽曲はこの「ます」と「死と乙女」

であった。

 

最近注目しているルイーズ・ファランク(1804-75)/ピアノ五重奏曲第1番

イ短調Op.30~第1楽章。「知情意」のバランスが取れた作風が好ましい。

 

モーツァルト/ピアノと管楽のための五重奏曲変ホ長調K.452~第1楽章。

序奏での楽器同士の会話にウットリさせられてしまう―。

 

ルイ・シュポーア(1784-1859)/ピアノ五重奏曲ハ短調Op.52~第3楽章

「メヌエット」。こちらではオーボエではなく、フルートが採用されている。

 

 

「ピアノ+SQ」編成のピアノ五重奏曲は聴取的に「ピアノ協奏曲」に近い音感覚がある。スケールが格段に増し、聞き応えがある楽曲が多い。シューマン以降は、ブラームスがクララに促されて作曲した「難産」の作品もあれば、ドヴォルザーク、フランク、フォーレ、エルガー、ショスタコーヴィチやシュニトケにまで及ぶ。どれも美しい作品ばかりだ―。

 

フォーレ/ピアノ五重奏曲第2番ハ短調Op.115~第3楽章。曲が進むに

つれて音楽の透明度が増し、ただただ美しさの連続となる―。奇跡的だ。

この音源は僕が初めてフォーレ/ピアノ五重奏曲を知ったCDのものである。

 

このジャンルのとどめはフルトヴェングラー/ピアノ五重奏曲ハ長調である。

彼の作品は長大さで知られる。1935年作曲のこの作品は80分の大作。

 

 

 

一方「ピアノ四重奏曲」というジャンルはモーツァルト発祥のような気がするが、確かなことは分からない。18世紀中頃からロンドンでその名の付された作品が登場しはじめたという説もある。前述のことからすると「ピアノ四重奏曲」から「ピアノ五重奏曲」へと拡大していった感じがしている。ピアノ四重奏曲は4つの楽器が全て異なるためか、演奏が難しいのではないか、と思っている(実際はどうなんだろうか)。それでも名曲が多いジャンルだ。ロマン派以降名作が多い気がする―ブラームスは3曲残しているし、フォーレは2曲ある。どれも傑作に相応しいものばかりだ。マーラーも断章だが、初期の作品として残っている。メジャーどころの作曲家以外でも数多くの作品が存在するので「秘曲」を見つけるのには格好のジャンルかもしれない。

 

ブラームス/ピアノ四重奏曲第1番ト短調Op.25。マイスキーの存在感が

やはり凄い。クララも健闘している。

 

ギヨーム・ルクー(1870-94)/ピアノ四重奏曲ロ短調(未完)。早世した彼の

おそらくは最期の作品。こちらはダンディが補筆完成したヴァージョン。

 

マーラー初期の作品/ピアノ四重奏曲イ短調(1878)。未完の第2楽章を

シュニトケが再作曲したヴァージョン(1988)で演奏している。

 

 

 

 

アルバム1曲目はシューマン/ピアノ五重奏曲変ホ長調Op.44。「室内楽の年」といわれる1842年に作曲されたが、このジャンルは最初で最後である。わずか数週間で作曲されたという。インスピレーションが迸ったのだろうか―。作品はクララに捧げられ、初演も行った。「素晴らしく、活力と新鮮さに満ちている」とクララは表現している。一方リストはその保守性に疑問を呈したと伝えられ、それ以降関係が疎遠になってしまうことになった。この作品のモデルとして、シューベルト晩年の傑作であり、シューマンも高く評価していたピアノ三重奏曲第2番変ホ長調Op.100, D929を指摘する向きもある―。なるほど、スタイルこそは異なるが、同じ調性であり、第2楽章の「葬送行進曲」的な音楽、フィナーレにおける「回想」など、共通項は多いかもしれない。

 

ホルショフスキ・トリオによるシューベルト。50分の大作。

 

 

 

第1楽章「Allegro brillante」。指定通り「輝かしい」音楽で、いきなりトゥッティでスタートするテーマは印象的だ(前述のシューベルトもそうだった)。外向的でエネルギーに満ち満ちている。変わって「dolce」の指示のある第2テーマは蕩けるようなロマン性を感じさせる。このコントラストも素晴らしい。ヘ短調に転じる展開部も、急に「闇」を見せられたかのようで印象的だ。

 

第1楽章。クララが後に4手ピアノ用に編曲したヴァージョンで。

 

 

 

第2楽章はハ短調に一転、葬送行進曲風の音楽となる。「In modo d'una marcia. Un poco largamente」。7部から成るロンド形式だが、途中に挟まる夢見心地のフレーズはシューマンならではのもの。中心部に位置するヘ短調の嵐のような激しさには驚く。

 

第2楽章抜粋。ルノー・カピュソンを中心に豪華なアーティストが集結した演奏。

 

 

 

第3楽章「スケルツォ」になると冒頭楽章のエネルギーが再燃してくる。というよりパワーアップしてる感があるくらい精力的だ。2つの対照的なトリオを挟むが、凄いのはコーダ。この熱量はこの作品中最大かもしれない。

 

再びピアノデュオ版。ブラームスの同作品が逆に2台ピアノ~ピアノ五重奏曲

への変貌を遂げたのも興味深い。

 

 

 

フィナーレである第4楽章が短調で、それも平行調のハ短調ではなくト短調で始まるのは画期的だと思う。全体的には長調なのにフィナーレが短調で始まる事例はメンデルスゾーンの諸作品に、そして後のブラームス/交響曲第3番などに見出せる。兎にも角にも印象的な出だしなのは間違いないし、輝かしさが回復してゆくさまを描くには巧妙過ぎる作曲法だ。コーダでは第1楽章冒頭のテーマが回帰する。しかもそれだけではない、フィナーレのテーマとの二重フーガを展開するのだ。シューマン作品にしては例外的なほど、輝かしく圧倒的な終結を迎える。

 

メンデルスゾーン/弦楽四重奏曲第1番変ホ長調Op.12~第4楽章。

ハ短調で進行する。エマーソンSQのシャープな演奏で。

 

ピーター・ゼルキンが亡くなる2年前、ダ・ポンテSQと共演したライヴ―。

フロレスタン的暴走が多い演奏の中で、音の綾を解すような落ち着いた

パフォーマンスだが、後半楽章で力感が増し、ファンタジーが燃焼する―。

 

 

 

 

ピアノ四重奏曲変ホ長調Op.47は、同じ調性と作曲時期でありながら、フロレスタン的なピアノ五重奏曲に対して、オイゼビウス的で柔和な雰囲気が全体を覆っている。実は若い頃シューマンはピアノ四重奏曲ハ短調を作曲していたことがあったという。1829年の作品だが、未完の状態のものが補筆完成され、僅かながら録音も残っている。

 

第3楽章「Andante」ト短調。密やかな哀愁といったところ。

 

 

Op.47は当然クララを念頭に作曲された。「美しい作品で、若々しく、新鮮な、まるでロベルトの最初の作品であるかのようでした」と彼女は感想を漏らしている。1844年のサンクトペテルブルグへの旅行の際、シューマン夫妻は作曲家ミハイル・ヴィエルホルスキの弟であり、チェリストのマトヴェイ・ヴィエルホルスキの演奏に接し、感銘を受け、彼にこのピアノ四重奏曲を捧げることとなった。彼はベルリオーズにもその演奏を高く評価されたチェリストだった。この時演奏されたのはメンデルスゾーン/チェロ・ソナタ第1番だったと伝えられている。

 

メンデルスゾーン/チェロ・ソナタ第1番変ロ長調Op.45。半音階的なフレーズ

が目立つ作品。ト短調の第2楽章も印象的―。

 

 

 

第1楽章は「Sostenuto assai – Allegro ma non troppo」。変ホ長調。何と言っても序奏から耳がそばだてられる。まるで「讃美歌」のような清らかなフレーズが漂う。先人ではベートーヴェンの諸作品の冒頭を思い起こす―。主部に入ってからも途中ト短調に転調し、少し不安がよぎるが、全体的には平穏な音楽である。

 

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第10番変ホ長調Op.74「ハープ」~第1楽章。

主部に入るとハープのようなピツィカートが奏されるため、そう呼ばれている。

 

 

 

第2楽章は2つのトリオを挟むスケルツォ。ト短調。ここで聞かれる暗い情熱と衝動的な音運動は、ト短調が主体の初期のピアノ作品「クライスレリアーナ」を思い出すと述べる評論家もいるとのこと。僕は、というとフォーレのピアノ四重奏曲第2番ト短調~第2楽章の珍しく激昂する音楽を思い起こす。

 

シューマン/クライスレリアーナOp.16~第3曲。アルゲリッチ盤で。

 

フォーレ/ピアノ四重奏曲第2番ト短調~第2楽章スケルツォ。

 

 

 

第3楽章は「Andante cantabile」変ロ長調。変奏曲形式に近いフォームをとる。ある音楽学者が、ロマン派時代で最も美しいチェロのテーマと述べたメロディが冒頭から聞かれる。前述の献呈されたチェリストにとってはとりわけ魅力的に聞こえたことだろう―。実際この楽章については賞賛の声が絶えない。「シューマンの最も崇高なメロディーの1つ」「宇宙全体が息を止めているように見える魔法の瞬間」と呼ぶほどなのだ。楽器を伝って高貴なメロディが行き渡る。コーダではアトモスフェールなフレーズが続き、ヴィオラによる3つの音で締めくくられる。

 

ブラームス/ピアノ四重奏曲第3番ハ短調Op.60~第3楽章「Andante」。

チェロで開始する甘美なメロディは師ゆずりのものだろうか―。

 

 

 

第4楽章は「Vivace」。はじけるような元気さで展開する。冒頭ユニゾンで奏されたかと思うと、各楽器でフガートが始まる。高揚感を秘めたフレーズも聞かれ、全体にポジティヴで、多少前のめり的な音楽になっている。コーダはフガートも交え、作品中最大の高揚感が示され、決然と閉じられる。

 

 

当盤のジャン・ユボーとヴィア・ノヴァSQとのコラボレーションは、割かし落ち着いて聞ける部類の演奏で、奔放さより抑制された美を感じさせる。シューマネスクな雰囲気を味わうのに不足はない。

 

ここはデームス&バリリSQによる1950年代の録音で―。