ウクライナの作曲家ヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937-)による室内楽作品集。チェロ・ソナタや弦楽四重奏曲第1番など、計4作品を収録。残響の多い神秘的なサウンドと、暗くも美しい風景のジャケットはECMレーベルならではのもので、作風にピッタリである―。

 

 

 

 

人間だけが「歴史」を持っている―。

過去を振り返り、学びを得、確認し、大切にする。

それができるのは、「記憶」のおかげだ。

べつに人間だけが「記憶」をもっている訳じゃないとも思うけど、もはや戻ってこない「時間」に想いを馳せることができるのは人間だけだと思う。

「過去生」という不思議な概念もある。

かなり広大な世界ではないか―。

 

「音楽」にも「時間」と「記憶」が深く関わっている。

「音」が発する―。「和音」が鳴り響く―。メロディが紡がれていくその足元で、その瞬間瞬間すべてが、既に「過去のもの」となっていく―。

物理的に言えばそうだ。

でも不思議なことに―すべての作曲家の作品に当てはまるわけではないが―音楽が奏でられている時、「記憶」が呼び覚まされることがある。

「音」が持つ刹那的な物理的特性を超えて、「永遠を思う心」の領域から、豊かな持続性を持つ「追憶」が生まれてゆく―。

 

 

 

シルヴェストロフの音楽はまさにそうで、そのまなざしは完全に過去を向いている。

 

後ろ向きの音楽―。

終わりの始まり―。

 

作品は終わった…。

余韻が残る―その余韻をグッと引き延ばす。

 

そこから「音楽」が始まるのだ―。

 

ヴァイオリンと管弦楽のための交響曲「献呈」(1990-91)~第6部「Andante」。

曲を締めくくるこの部分でマーラー/アダージェットを想起させるような甘い

メロディが追憶のように響き渡る―。僕はこのアルバムでシルヴェストロフ

を知った。

 

クレーメル/クレメラータ盤によるアルバム「アフター・モーツァルト」から。

シンセサイザー、ピアノ&弦楽合奏のための「メッセンジャー」(1996-97)。

記憶の深い部分からそっと湧き上がってくるかのような馴染みのある音楽。

シルヴェストロフは亡くなった妻ラリッサを偲んで作曲したそうだ―。

 

 

 

 

最初の曲「チェロ・ソナタ」(1983)では、ピアノのトリルに、そしてチェロの詠嘆的な歌に、それは表わされている―といっても常に静謐であるはずはなく、急き立てるような、心の動揺を表わすようなパッセージと空間に拡がるような叙情が交錯する音楽となっている。

 

 

2曲目の「弦楽四重奏曲第1番」(1974)でも、事情は変わらない―4つの弦が綾なす幽玄の世界が眼前に拡がる―。冒頭第1セクション「Andante」はまさに沈黙と隣り合わせのような、静かで美しい音楽。ただ、比較的初期の作品ゆえか、多少前衛的に響くところもある。

 

 

アルバム3曲目の「3つのポストリュード」(1981-82)は、この作曲家ならではのタイトル―彼の作品に多く見られるもので、作風をよく表している―。どの曲もウットリするような「追憶」の響きであふれている。このアルバムの白眉だ―。

 

ピアノと弦楽合奏のための4つのポストリュード(2004)。グリモー&バイエルン

放送SOとのライヴ音源である。所々映画音楽のように響く―。

 

 

1曲目には「DSCH」(ショスタコーヴィチの音名象徴)が記されている。彼の作品にはこういった過去の作曲家へのオマージュがけっこうある。ピアノ・トリオにソプラノ独唱(ヴォカリーズ)が加わる編成である。

 

「Cantane, sottovoice, a bocca chiusa, quasi lontano」という長い指示。

ヴォカリーズだが、最後唯一「Amen」と発音している。

 

こちらもそう―「Dedication to J.S.B.」。もちろん大バッハへの献呈である。

 

 

2曲目はヴァイオリン・ソロ。この曲が3曲中最も長く、10分近くかかる。

ためらい、囁き、そっと小声で歌うかのようだ―。

 

まるで自己と対面しているような感覚に陥ってしまう音楽だ―。

 

 

3曲目はチェロとピアノ。冒頭のチェロ・ソナタとの関連を感じさせる。

そういう意味では、一貫性のある選曲だと思う。

 

「チェロ・ソナタ」の素材となった音楽の可能性もある美しいメロディ―。

 

 

 

そして最後に、アンコールのように「賛歌 2001」が作曲家自身のピアノ・ソロで、ひそやかに奏でられて、このアルバムが閉じられる―。

(恐らくはこのアルバムのために作曲されたものと思われる)

 

ここではオケ版で。トーマス・ザンデルリンク/シュトゥットガルトCOの演奏。

 

 

 

 

私の音楽は、既存の音楽への反応であり、反響なのです 

                

                                                        ― Valentyn Silvestrov

 

 

 

 

 

「2つのディアローグ」(2002)~Postscript-Ⅰ/「Wedding Waltz」。

マーラー/アダージェットのような世界が永遠に続くイメージだ。

 

ヴァイオリン・ソナタ「ポスト・スクリプトゥム」(1980)。

冒頭の弓のフレージングに注目。弦に触れず弓をゆっくりアップする―。

そこから始まる―。「余韻」から生まれた音楽だ―。

過去最高に美しいヴァイオリン・ソナタだと思う。

 

スピリチュアル界で定番の「引き寄せの法則」を音楽で実行している一例。

ここであえて取り上げたのは、この音楽のコード進行がシルヴェストロフの

諸作品に通じるものがあったからだ。これは偶然だろうか―。