即心是仏

仏道の所先輩が保持してきた唯一のものは「即心是仏(いまの瞬間の意識、知覚であるという事実)」である。

外界という客観世界は生起消滅するが、精神世界は恒常普遍たりえる。仮に肉体が損なわれても精神が損なわれるわけではなく不変である。したがって物質客観世界も恒常普遍の精神に基礎を置いているわけだから、実在たりえるのである。

精神には直観力というものがあり、自律神経のバランスが調和しているときに発揮される。これを真の自己といい、本性とか本体という。

ただし、肉体が滅びるときには精神はそこから抜け出るとか、肉体は必滅であり、理性は永遠であるなどと、南方の似非仏教徒であるセニカのような世界観に従ってはならない。
現実の意識は常に現在における、肉体に伴った精神という瞬間的な存在だ、と理解するべきである。

微妙清浄にしてかつ明晰な意識とは何か。それは山河大地とかに日月星辰とかの客観的事物そのものである。大地を見て土からできているとか分析的な概念を越えたものである。

濁りなき心の水に棲む月は 波もくだけて光とぞなる  道元