隠居ジイサンの日誌

隠居ジイサンの日誌

九州北部の街で、愛するカミさんとふたり
ひっそりと暮らしているジイさんの記録

文語調で書かれている本書を齊藤孝さん(明治大学教授)が現代語で分かりやすく訳してくれた新書です。

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」

明治4年から9年にかけて発表されたこのベストセラー啓蒙書は、当時の日本人の10人に1人が読んだといわれていますが、今の大学生は、まったく読んだことがないと齊藤教授は書いています。

わたしも初めて読みました。

 

〇福澤諭吉(Wikipediaから引用)

天保5年12月12日〈1835年1月10日〉~ 明治34年〈1901年〉2月3日)は、幕末から明治期の日本の啓蒙思想家、教育家。大分県中津市出身。慶應義塾の創設者。

 

 

 

(本の要約)ネットからお借りしましたm(_ _)m。

1 「天は人の上に〜」の本当の意味

冒頭の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」は有名ですが、実は「人は生まれながらに完全に平等だ」と言っているわけではありません。福沢諭吉は、「人間は生まれつき平等だが、学ぶか学ばないかで、賢い人と愚かな人、豊かな人と貧しい人の大きな差が生まれてしまう」と主張しました。だからこそ、自立して生きるために勉強が必要なのです。

2  学問=机に向かって勉強することではない。

ここで言う「学問」とは、難しい本を読むことだけを指しません。日常の暮らしや仕事に直結する読み書き・そろばん(現代ならパソコンやお金の管理スキルなど)を重視し、「実際に自分の生活や世の中に役立つ実用的な知識(実学)を身につけること」が最も大切だと説いています。

3  個人の自立が国の強さにつながる。

一人ひとりが自分の頭で考え、経済的・精神的に自立することが、最終的には日本という国の独立を守ることに繋がると考えました。国や誰かに頼るのではなく、「自分自身を磨く(独立自尊)」精神が大切だということです。

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福澤諭吉が生きた幕末〜明治維新といえば、一般的には、ペリーの黒船来航(1853年)から西南戦争(1877年)までの激動期をいいます。その真っ只中を生きた福澤が、1871(明治4)年〜1876(明治9)年に書いたのがこの本です。1977(明治10)年に西郷隆盛が国内最後の内戦である西南戦争を起こす直前のことですね。福澤は坂本龍馬の1つ年上。そんな時代背景を知って読むと、「長く続いてきた封建制を脱ぎ捨てて、西欧文明に追いつくぞ!」と、日本人を鼓舞する熱気がビシビシ伝わってきます。

国として、個人としてどう生きるか?

学問は何のためにするのか?

大事なテーマを、わかりやすく、しかもユーモアを交えて語ってくれる。150年前の本なのに、今読んでも、「これ、現代の日本でも通じる話ではないか」と思うところがたくさんありました。
明治維新の渦中を生きた人たちの気骨と気概には、ほんと頭が下がります。

それに、アメリカやヨーロッパ諸国を自分の目で見てきた福澤くん、フェミニストなんですよね。
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福澤諭吉は大分県中津のお侍さんの家の出身。われわれ昭和30〜40年代の小学生にとっては、修学旅行で中津の山国川河口近くにある福澤くんの実家に行くのが定番でした。わたしも行った記憶がうっすらあります。そのとき先生が「学問のすすめ」の話をしてくれたような気もします。
思想書、哲学書、文明論、法律書、政治・経済、国際関係、ビジネス論、自己啓発、社会批評、さらにはビジネスマナーまで網羅した啓蒙書です。今ならジャンルごとに山ほど本が出ている内容を、福澤くんは150年前にすでに書いていたんですね。
若いときにちゃんと読んでおけば、わたしだって、もうちょっとマシな人間になってたかもしれんのに・・・と、今さら後悔しても遅いんですけどね(苦笑)。

★★★★☆