昨日、アベンジャーズ インフィニティ・ウォーのネタバレ記事を書いて

 

まあ、他の人がどんな記事を書いているのかも気になったので色々見ていた

 

 

ネタバレ、ネタバレなし、どちらもある

それぞれ書く方の主張や考え方によって、どちらでも構わないと思っている

ネタバレが嫌な人はそのような記事は見なきゃいいわけで、その点ではネタバレある場合にはわかりやすく「ネタバレ有り」と書くべきだとは思う

しかし、一度パブリックに記事を発信してしまうとそれがどのように参照されるのか、どのように検索されるかはもう本人にもコントロールできなくなるので、もしかしたら元々の記事が歪められて、ネタバレしていることがわからなくなってしまうことが有り得ることも事実だ

と言っても、一度発信したものは改変も止められないということはどんなことでも同じなのでこれに限ったことではないが

 

 

特に今回のインフィニティ・ウォーに関しては一般的な「ネタバレ」をしないで感想を書くのが非常に難しいタイプの作品なので、以下のような不思議な記事が生まれてしまう

 

で、気になったのが例えば以下のような「ネタバレ無し」の記事 このような「ネタバレ無し」って本人が自分は気を使っていると思って書いていると思うと疑問

 

一応断っておきますが、これらは例なので特定の方の特定の記事を指しているわけでは有りませんので

また、筆者は「ネタバレ無し」を貫く姿勢そのものには大きな敬意を払っていますし、ちゃんとやっている人は尊敬しています

 

例1

最後にはあんなことになるとは!! ネタバレになるので詳しく書けませんが、とにかく予想だにしなかった衝撃の結末です

今回は声を大にして言いたい「ネタバレ記事は見てはいけない」

でも、スパイダーマンがトニー・スタークに言うあのセリフには涙が出ました

 

「ネタバレになるので詳しく書けませんが」は常套句

これ自体に問題があるとは言えないが、結局はこのセンテンス自体無くても伝えられることは同じだと思う

つまり、見ていない人に対する小さな優越感の表現にように思えてしまう

さらに「ネタバレ記事を見てはいけない」と言う警告は無駄

警告しようとしまいと、見るひとは見るし、見ない人は見ない

そもそも、予想だにしなかったことってなんなのか、読者はものすごく気になって、結局意思が弱い人はネタバレ記事で真相を確かめてしまう手助けをすることになってしまっている

それでいいのか?それでも自己責任なのか?

 

 

例2

いまだにエンドロールが始まると帰ってしまう人がいた。最初にあれだけ注意してくれてるのにまだ出ちゃう人がいるか? せっかくそのあとにアベンジャーズには欠かすことができない「あの人」が出てくるのに

さらに今回も今後のMCUを予想する大変重要な情報が有りましたね

最後の通信機のアップで、今後登場する「あの人」のことが示唆されていました

 

これが、典型的な知ってるぜアピール

筆者は最初にあのような「無粋な」テロップを出すのには反対だ

今までマーベルの映画を見ていればエンドロール後におまけの映像があることは常識だし

エンドロールで帰るのも人それぞれ自由だ

万が一、それをしらない人が見に行って帰ってしまったとしてもそれはそれでしょうがないことだ、だってエンドロール長いし待ってられない人もいることをわかった上で作り手はそうしているのだから

 

さらにネタバレ無し記事に典型的な「あの人」とか「あんなことが」と言う表現

映画版「20世紀少年」の予告編の「お前は・・・あいつか!!」と言うセリフを思い出した

なんだこれ

ちなみに「あの人」とはニック・フューリーのこと

 

さらに今までエンドロール後の映像ってたくさん見たけど、そんな重要な映像ってあったっけ?

みんな知っていることか、思わせぶりだけどあんまり意味がない情報ばかりだったような

 

あんた劇場であの通信機を見ただけで、あれが「キャプテン・マーベル」のマークだってわかったの?だったら大したもんだけど

なんだかわからなかったから、あとでネタバレサイトで確認した結果じゃないよね

「キャプテン・マーベル」がMCUの作品として予定されていることはちょっと調べれば誰にでもわかるし

文章中では一言も「劇場で見てわかった」ようには書いていないっていう逃げは無しね

 

 

例3

ネタバレできませんが、やっぱり衝撃のラスト 今までのヒーロー物の映画がみんなハッピーエンドだったので今までは新しい映画でも、結局はうまくいくんだろうなと予想がしやすかったけど、今回は予想不可能です

 

ネタバレしないと言いながら具体的なことは言わずにしっかりネタバレしている良い例

この文章を見れば「ああ、最後はハッピーエンドじゃないのね、予告で言っているようにアベンジャーズ全滅するのね」ってわかっちゃうでしょ

 

 

例4

今回は情報のコントロールを完璧に行って一切の情報が漏れないような対策を行ってきたらしい。例えば出演者にも自分の出演部分以外の脚本は見せなかったとのこと。私もその意思を尊重し今回に限っては一切のネタバレをしないようにする

 

 

だったら書かない良心もあるかと

情報が漏れないようにコントロールしていたのは「封切りまで」の話でしょ

作り手は封切りされたらコントロールなんてできないこともわかっているし、封切りしたら作品の評価は見た人に委ねられるということもわかっているはずで

見た人に影響を与える作品だからこそ、見た人は自分の考えを話したくなるし、発表したくなる

一般の視聴者がお金払って映画見に言って、自分の好きなことを言える場所で好きなことを言って何が悪いのか

ただ、個人の意見としてこのような態度を貫くなら素晴らしいとは思うが

 

例5

ただただ公式サイトの作品のあらましと役者やスタッフの情報のみで、感想は一言

ネタバレになるので言えません

という記事

 

評価不能

なぜ記事を書く必要があったのか

 

例6

基本的に作品の根幹に触れるようなネタバレはしないが、予告編や公式発表など事前に誰でも得ることができるような情報に関することや、ストーリーの核とは関係ないような情報は含まれます

 

 

結局ネタバレの基準は書く人のさじ加減と言うこと

自分が勝手に決めた基準を押し付けることになる

もともと、ネタバレしない理由は、それによって最初に映画を見たときの見た人への影響度が少なくなってしまうことを防ぐためだと思うのだが

その影響度の元となるネタも、受け取り方も、その大きさも人によって全く違う

予告編自体全くシャットアウトしてした人が不用意にこの記事によって得た情報によってこの人にとっては映画の面白さが半減してしまったらどうしてくれるのか

 

どんなに気を使っても本当に誰にとっても「ネタバレ無し」の記事を書くことはある意味不可能かもしれない

 

 

最後に言っておくが、

筆者は「アベンジャーズ インフィニティ・ウォー」はあと10回以上は見ようと思っているし、マーベル映画としても、ヒーロー映画としても、普通の映画としても歴史に残る映画だと思っているし、この映画にリアルタイムで巡り会えたことは幸せなことだと思っているし、映画としてかなりの影響を受けたことは事実だが、やはり映画全体として見ると今の所は嫌いな映画である

もちろん、今後何度も見るうちに大好きになってしまう可能性もかなりある