真新しい生地に袖を通す瞬間は、何度経験を重ねても緊張してしまうものだ。

それは丁度、憧れのアイドルや初恋のクラスメイトと握手をしてその手を洗うのが勿体なく感じてしまうような高揚に似ている気もするのだが、どきどきと胸が不必要な程に高鳴って、何を対象としているのかさえ解らない曖昧なものであるが、ある種期待のようなものが喉元まで競り上がってきて、
酷いときには息さえ出来なくなってしまう時がある。

二、三度繰り返し着用しては洗濯を更に重ね、洗剤や乾燥する過程で移る部屋の匂いが生地に馴染んでくるとそこで漸く己の所有物であることを実感出来る気がするのだ。

新しい物に警戒と興奮と、
マーキングの意識を抱く辺りは随分と獣地味た独占欲なものが何とも言えず、重ねる毎に目に肌に馴染み始めたのを見ると諦めと一緒に満ち足りた気分がやってくる。



清らかに、鮮やかなる物にこそ背徳あれ。
それは蓋を開けてみればチープな独占欲でしかないのだけれど、


「やですねぇ、愛し過ぎて前も後も見えません」


肩からずり落ちているケープをかけ直しながら彼の人の寝顔を視線でなぞらう。
昼の日の下と違い、真っ暗な夜の色に彩られた肌は青白くさえあり、手袋を外した手で触れて漸く生きていることを確認出来る呼吸の無さ。
その癖触れたその瞬間には、人肌を嫌ってなのか不快そうに眉間に皺を寄せていじらしく身じろくのだ。

喰らい尽くしてしまいたいと加虐心が煽られる一方で、何処まで盲目的に惹き付けられたらよいのだろうかと喰らわれる恐怖に身を震わせる。

ひたりと滑らかなその肌に手の平を寄せれば、諦めたようにそれへ寄り添われて甘美なまでの刺激に背筋が痺れてしまいそうだった。



「生きている貴方の、なんと美しいことか。
どうかそのまま、生きて生きて生き続けて……出来ることならば、私が貴方に寄り添う事を見逃してください」



欲を出し始めたらきりがない。
吸い寄せられるままに身を委ねて、重ね合わせたその唇は淡く寝息に濡れてひどく柔らかかった。


***
上手いこと夜這いを正当化しやがった…!

メアルキルスはこう言った。

「シアルダール、貴方がそれを選ぶのならば」

僕が緑樹のベッドにうずくまって拗ねていた時も、
ホロスの森で兎と歌を唄っていたときでも、
メアルキルスは決まってそれを繰り返した。

眠らない僕らの長い長い一日の中で何度も繰り返されてきたメアルキルスの言葉。
体を休める夜の時間も、小鳥と遊び古しえを学ぶ昼の時間も、僕は考える。
メアルキルスがおまじないをしてくれる度に広がっていく波紋を追う為に、どこからか生まれた違和感についてただ考える。

甘く、全てを包んでくれるようで、どこか掴みどころのない寂しい言葉。
重いのか軽いのかもさっぱりわからないその呪文、
メアルキルスはどうしてその一つの言葉以外を口にしないのだろうか。
メアルキルスはいつも口癖のように繰り返し、いつもそれ以外は語らなかった。

僕はメアルキルスのその言葉を聞いてしまうといつだって返答に窮した。
僕以外は要らない、僕が選ぶならばそれが世界の理であるとでもいうように絶対的で、
それでいてその言葉を発するときは決まって僕を通して他を透かし見ているような、遠くを眺める気配がその視線にはあった。

それを感じてしまうと僕は、僕自身さえもメアルキルスにとっては要らない物であるようにしか思えないのだ。
メアルキルスの言葉には肯定も否定も無い。
メアルキルスにとっての僕は眼鏡のような補助具やフィルターであり、世界を見る為の通過点でしかないのだろうか。
シアルダール、
メアルキルスにそう呼ばれる事で、僕は僕であるという事を認識出来るのに。

きっといつか疲れ果てて選ばなくなるその日が怖い。
メアルキルスにとって、僕はきっと、その瞬間本当に要らない物になってしまうのだ。



反響するかけらを箒と塵取りで集めて、鏡は粗大ごみになる。
シアルダールは、死を選ぶのですか?
シアルダールの影は、シアルダールが砕けた後で初めて自由になった。

一つを選び、一つを結実させ、一つ自我というものに寄せて産声を上げることが許されるようになれば
メアルキルスは夢に溶けて消えてしまおうと霧になった。

シアルダールは、選ばない事が選ぶことであると知らなかった。
メアルキルスも鏡だった。




(き も いなっ!
ずっと一年以上前から携帯に眠っていたのに書き足してうぷってみました。
加筆はしたものの以前書いた部分は修正入れてないので…書き出しから気持ち悪くて、収拾つかなくなったから放置されていたのだと思われます。
ヤンデレどころでないよ。
何でナチュラルにこんなにキモいんだか…)

柔らかな刺が大きく手を開く、
わたしのはなは、わたしがまもる

こぼれる光に憧れつつも、てのひらの心を思うと強くも言えず、
小さな花は背筋を伸ばして隙間を仰ぎ見ていた

外の世界は痛いや切ないががたくさん、
色があるだけ風景もあるのか鮮やかなその世界で、私は生きていけるのか。
とどめるかれを押し切ってまで飛び出すだけの価値がある世界なのか

保証が欲しくて、花の鈴を砕くことが出来ない。




死んで消えてしまえばそのまま持ち去ってしまうことは可能だけれど、保持するならば覚えていられない、生きる為には捨ててしまわなければいけないといわれた。
どれかだなんて到底選べるはずがないのに、世界は私に鉄の鈴を握らせた。
小さな花が沢山ついた剣のような花の柄……
保持するならば大事にするといい、生きたいならば返却しなさいと。

終わる為にはどうしたらよいのか。
それだけはけして教えてくれなかったが、小さな噂話から外界での出来事まで幅広くを世界はよく私に話して聞かせた。

私は、生の延長を終わらせる為には自分でその方法を見付けなければならない。それが最後の選択をする為の試練でもあるのだろうかと己の尺度で解釈し、漠然と納得していたので別段問いを繰り返す事もしなかった。
ただ宛もなく積み重ねられていく生と、新たに生まれる事に何の違いがあるのかと、そちらの方が余程不思議でならず、
土産だと笑っては世界が運んできた、砕けてかけらになってしまった無地の硝子を悪戯に弄んでは考え続けていた。



『彼は、保持を選んだよ』
あるとき、何の前触れもなく唐突に世界は言った。

どうやら彼は、君の事を忘れてしまっても構わないと思ったようだ。
君を忘れても考え続けたいと思ったのか、或いは余程の自信家か。
君を忘れても、きっと思い出せると……君との記憶より、君に会うことの方が重要だと、
選んだようだ。

酷いね、本当に酷いね。
カラカラと高らかに、朝も夜もない空を揺らしながら笑う世界の声を聞きながら、私は目の前が真っ暗になった。

私を好きだと、
私が何より大事だと、
燻るように焦れる独占欲を見せて抱きしめてくれた彼が、その記憶を捨ててしまうはずがないと信じていたのに。
ずっとずっと好きだと、互いの気持ちは一つだと信じていたのに。

またきっと会える、そうしたら忘れたって思い出せる。
きっと彼はその絆の強さを信じていると言いたかったのかも知れない。
どんなに身を斬られる想いだったことだろうと思えば涙も止まらなかった。

それでも、
たった一時だとしても、
堅く握りしめたはずのその手を離しても構わないと彼が口にした事が信じられなかったのだ。
結びめを解かれたそこからどんどんと記憶の消失が伝染していくかのような錯覚が胸に空洞を通してしまい、冷たいその感覚は
自分は彼に捨てられてしまったのだと囁いているかのようにしか伝わらなかった。

わたしも、君の傍にいるのは好きだから、砕いてしまいたくないというのは理解出来る気がするけれどね。
いつものように優しく絡まる世界の声さえ入ってこない。
忘れるも、削除(デリート)も私にとっては同じだったのだ。

寂しい、寂しい、さみしい
弄んでいた硝子の破片を強く握り絞めてしまったせいで、生きても死んでもいないはずの体を傷付けてしまう。
ぽたり、ぽたりと透明なそれに色を塗るように赤が落ちた。

私の鈴は、どうして硝子で出来ていなかったのか。



(どうせ独り占めをしたいというのならば、回りくどく貶してくれなくてもよかったのに……こんなに簡単に手放すのなら、何も知らないままがよかった)



***
リゼルド→←主←世界(わたし=リゼルドや、世界)的な。
SN発売前にそういや久し振りにEXもいいなーなんて思ったりしてマガで配信したやつ。
この間まで長いこと本館の拍手に居座っていたネス&レオルドSSの原案がこんなでした(結局都合上構想止まりで修正を入れて、相手がリゼ→レオに変更…だったのですが)
本編中リゼルドが、「大事な記憶のバックアップを~」みたいなシーンがあったので…だったが、気が付けばとんでもなく妄想が膨らんでいたという…
物凄く幼くて、幼稚で、疑う術も知らない純愛…というか、狂愛っぽいのが書きたかったのだろうかな。

○アカンサス(葉薊)の花言葉→『巧み』と『離れない結び目』