2019年10月にケベックでのシーズンを終えトロントに移動しました。思い通りに行かないことが多かったシーズンでしたが、次のシーズンに向けてトレーニングに励もうという気持ちでモントリオールから9時間かけて到着。
オーストラリアで一緒に仕事をしていた方の紹介で10月の後半にレストランの仕事が決まり、少しづつ生活が落ち着き、Baselineという施設で冬の時期トレーニングをすることになりました。
実は最初に行った施設ではあまり相手にされず、戦略を立てて野球履歴書を準備しました。アポイントもとらず施設に行き、相手されるかな?これも英語の勉強だなと思い。野球履歴書を受付のスタッフに渡すと、社長室のようなところに連れて行かれて代表のRAFさんといきなり面談が開始。RAFさんもまた、コーチとして世界を飛び回っています。目標は?予算は?来年どこのリーグでプレーしたいか?どういう経歴で野球をしてきたのかなど具体的に話し合いました。
「お前の手助けをしたい!来週アセスメントするから14時に来い!!」と言われそこからここでのトレーニングが始まりました。
翌週アセスメントに行きました。Hit traxという器具でバッティング練習時の打球速度・角度・飛距離などの数値を計測し現状の課題を抽出。今となっては日本でも普及し始めたラプソードですが海外ではこの頃から主流のトレーニング方法だったようです。打球速度を速くすることに着目してやっていこうとインストラクターのCJがアドバイスしてくれました。
その次のトレーニングに行った際、代表のRAFさんが「明日から日本にいくんだ!TATSU!!日本の事教えてくれ!」と言われ何かと思うとWBSCの国際的なカンファレンスで大阪に行くとのことでした。連盟から用意されたホテルからカンファレンスの会場まで、電車で1時間もかかることが分かり違うホテルをおすすめしたら喜んでくれました。
そして「お前と次から一緒に練習するインストラクターを紹介するから!」と言われAustenを紹介してもらいました。
AustenはMLBのオークランド・アスレチックスからドラフト指名された事があり、彼は日本でプレーする事を目標として練習・トレーニング・日本語の勉強に励んでいました。
その後、彼と本格的にトレーニングが始まりました。技術的な事でぼんやりとしていた事がAustenのアドバイスで確信に変わり練習する方向性が固まりました。
彼はデッドリフトで600ポンド(約270キロ)をあげるほどトレーニングをやりこんでいて、その点でも親身に教えてくれて僕自身、週5回はジムにいてました。
日本語の勉強もかなり貪欲に行っていて、いつも練習終わりに数フレーズ覚えてもらっていました。その時期は、エンゼルスの2Aの選手がインストラクターとして施設で働いていて、営業終了後は各スタッフ各々の自主トレの時間が始まります。上のレベルでやる選手は本当にハードワーカーでAustenとバッティング練習をすると日付が変わりそうになることがしばしば。
時には12フィート(3.6メートル)の距離で速球対策の練習をすることも。
ケベックでプレーしていた時は練習はホームゲームの試合前の練習のみで、バッティング練習とノックを軽く行えば終わってしまいました。試合は多くて週3・4回ありましたが遠征時はよくてケージでのバッティングと試合前ノック程度、後はグランドの前に住んでいたので一人でティーを打つか走るかジムに行くしかありませんでした。
ですがオフシーズン練習相手がいて、練習に打ち込める環境があり進捗具合も数字で見ることが出来て本当に良かったと思っています。1月にケベックでプレーしていた時から連絡をくれていたセミプロチームのゼネラル・マネージャーをしていたカルロスさんに会いに電車で2時間かけてバーリントンという街の練習場にも行きました。
今シーズンのチームを決めるためにテストを受けるために色々動いている中で沢山のアドバイスをいただきました。その中で印象に残っているのは
Attitude is everything
Attitude =態度、心構え
選手としてのパフォーマンスだけでなく、「人間性や態度や振る舞いが本当に大事だよ」本当にいい選手は人間的にも優れていると教えてくれました。60歳になっても野球を毎週練習しながら研究してるのさと笑いながら「お前も60までやるんだろ?」と言われました。
バーリントンから帰った後から練習頻度、トレーニング頻度を増やしチームへのコンタクトも取り始めました。なかなかいい返事をもらうことが出来ませんでした、3月中にドイツに行くことを決めて2チームの練習参加が決まっていましたが、今回のコロナの影響でEUが遮断され、このタイミングでのドイツ行きは見送ることに。
1年間のカナダでの生活が終わろうとしています。振り返れば到着して1か月仕事ができなかったり、シーズン中もうまく行かない事だらけで骨折もあり仕事にも支障が出ることもありました。オーストラリアでは色んな人に助けられっぱなしだったので、カナダではできる限り自分の力で何とかしたいと思っていました。やはりカナダでも沢山の人にお世話になり、色んな厳しい状況を乗り越えることができました。
ありがとうございました。
カナダでは野球でいい結果を残すことはできませんでしたが、ここで終わりではないのでまだまだ諦めずにやっていきます。