20歳を過ぎたあたりから、僕は自分の年齢と最近、でてきた女優や、アイドルの年齢と

比べるようになってきました。


コンビニ等でマガジンやサンデーなどのコミック誌の表紙を飾るグラビアアイドルなどが


目に付くと真っ先に僕は、グラビアページの最後を見ます。なぜならそこに表紙の


グラビアアイドルのプロフィールが載っているからです。


その欄を見ては、僕の方が若いとか年寄りなどと思い、一喜一憂している僕がいます。


グラビアアイドルだけではなく、女優やモデルといった人達も僕の年齢との比較対象になります。


最近自分より年上だと思って安心させてくれた有名人


 山本 梓さん


逆に年下であることを知って若干凹ませてくれた有名人


 山田 優さん、香里奈さん、えなりかずき君


ま、えなり君はオヤジキャラだから別にいいんですけどね。


少なからず、みなさんもこんな思いしたことありませんか?


なぜこんな他人と比べて若いことに優越感を感じる自分がいるのか?


僕は考えた結果ある答えがでました。


それは現代の流行、ドラマ、映画、音楽、娯楽番組、文化全てが、


やや若い人向けにできているからではないでしょうか?


もっとシルバー世代向けのドラマや映画を製作するべきです。


だってこれからは超高齢化社会だからです。

そうすればみんな年齢をかさねても若い人に劣等感を感じずにすむわけです。


でもいくら頑張ってもシルバー世代が月9などのドラマにはでれないですけどね。。。。。。


だってそれらの時間帯はゴールデンと呼ばれているからです。


こんなオチですいません。

今日は大学時代の友達カズヤについて書きます。


彼との出会いは大学ではなくて、バイト先でした。僕はファミレスでバイトしてて、


彼はバイトの先輩として出会いました。彼はなんと僕と同じ大学で学科も同じで、学年も


一緒ということがわかりました。でも、こんな人居たかな?って思ったら、留年生でした(笑)


しかし、彼は話が上手くて、友達も多く、周りを和ませる魅力に富んだ人でした。


どんな人とでも、ちょっと会話しただけで、すぐ打ち解ける能力を持っていました。


僕はその当時、話ベタというわけではありませんでしたが、彼に比べれば無口なタイプだった


かもしれません。彼と話すときは彼が7で僕が3の割合で会話してました。


彼と仲良くなるにつれ、「俺もコイツみたいになりたいなぁ」と思うようになりました。


その頃から、自分はもっとオシャベリになろうと決心しました。


その後、僕は彼からトーク術を盗もうとする日々が続きました。


彼も僕の献身的な勉強の教え方で無事、僕と同じ年に卒業できました。


僕はその後、大学院に進学し、彼は実家の山形に帰りました。


それっきり彼とは会っていませんが、今度会ったときは、5対5くらいの割合で会話できたら


いいと思っています。彼は僕の会話師匠です。

僕の親友について書きます。


彼の名前はヤスヒロです。彼との出会いは中学時代の陸上部でした。


彼とはとても思考や価値観があい、中学三年間だけ一緒の学校で、高校・大学も違いましたが、

今でも、実家に帰ると一緒に遊んでいます。


一緒に服、買いに行ったり、旅行行ったり、合コンしたりなど、常に楽しい時間を一緒に過ごしてきました。

そんな彼は現在、仙台で働いています。一方で、僕は千葉に住んでいます。


大学時代に付き合っていた彼女の友達も仙台に住んでいて、その彼女と仙台に遊びに行ったとき、


僕、僕の彼女、僕の彼女の友達、僕の彼女の友達の彼氏、ヤス、ヤスの彼女という面白い

メンツで呑んだこともありました。


お互いに結婚するときは披露宴でスピーチをする約束をしています。


彼と過ごすと、たくさんの友達より、たった一人の親友がどれほど大切かを実感することができます。

彼に出会えて本当に良かったです。


でも僕はゲイではありません(笑)


人通りのある街で歩きタバコしている人、いますよね~。


本当にやめてください。僕も愛煙家ですが、絶対に歩きタバコはしません。


僕は、20歳になってからタバコを吸い始めたので、タバコが嫌いな人の気持ちも


すごくよく分かります。タバコを吸わない人は本当に煙が嫌なものです。


大人がタバコを持っている手が丁度、子供の頭くらいの高さになります。


考えただけでも恐ろしいです。歩きタバコしている人は、


そのくらいの想像力が働かないのでしょうか?


他者を思いやる気持ちはつまり、自分が他者になったときにどんな思いをするかを

想像できる力だと思います。


つまり、それが思いやりの精神だと僕は思います。


自分勝手でワガママな人には重いヤリを刺してやりたいです(笑)。できませんけど。

の人生で尊敬する人の1人が自分の兄貴です。

兄貴と自分は6歳離れていて、兄弟喧嘩をしても一方的にやられていました。

兄貴は中学時代からタバコを吸っていて、いわゆるヤンキーでした。

服装も短ランにボンタンという格好でした。

どの中学校にもいる不良グループの一員でした。

 そんな兄貴に僕は理不尽に蹴ったり、殴られたりすることが多々ありました。

挙句の果てには隣町の中学校の不良グループと乱闘騒ぎを起こし

警察に補導されたのを覚えています。

 そんな彼もなんとかビリで高校入学し、なんとか高校卒業後、

就職し暫くたった、僕が高校入学して間もない頃、父が突然亡くなりました。

死因は自殺でした。父は話好きだったのですが、喉に悪性のポリープが

できて上手く声が出ないようになったのが、理由の一つと考えられます。

しかし、未だに遺書を見ても、本当の理由がわかりません。

 残された僕ら家族(母、兄、祖母、僕、妹)は悲しみの毎日でした。

僕は、高校に行くのが本当、憂鬱でした。高校に行っても、周りの目が本当気になって仕方が

ありませんでした。

 父の死後、驚いたことは、あんなによく、父と喧嘩していた母の落ち込んだ様子です。

実は父と母は強い愛情で結ばれていたことに始めて気がつきました。

 自分の家は兼業ですが、米農家をしています。父が中心になってやっていましたので、当然問題に

なりました。母はもう田んぼを手放す覚悟でいましたが、待ったをかけた人がいました。

兄貴です。

自分が継ぐと言いました。当時彼は、21歳です。当時、僕はそれは当たり前だろと思っていました。

しかし、当時の兄以上の年齢になった今、当時の兄貴の器の大きさに脱帽している自分がいます。

絶対自分が兄貴だったら、田んぼ継ぐなんてできないと思っています。

そんな彼も今は結婚して、二児の父、実家も子供の笑い声で幸せに包まれています。

兄貴とは今、大人の付き合いができるいい関係になっています。全然似てない兄弟なので、

お互いのないところを尊敬しあっていると思っています。

でも、僕は一生彼に追いつくことはできない気がします。

こんな3人兄弟(妹もいます)を生み育ててくれた母と亡き父に感謝しています。