最近なんとなく気分が浮かない感じです。
最近て言ったって、私の気まぐれのことですから、2,3日の間に治ってしまうのですが…。
最近っていうかおとついから?(笑
おとつい買い物に行こうと思いました。
買い物するのにはお金が限られてますから、その中でやりたいこと買いたいものを厳選して買わないといけません。
何が本当に必要で何が本当はいらないものか、考えてリストに書きました(どんだけあるんだ)
そしたら何が本当に必要で何が本当は必要じゃないものなのかわからなくなってきました。
私が今考える必要なものっていうのは、たとえば糊とかハンドクリームとかティッシュとか化粧品とか。
必要じゃないものは音楽とか漫画とか。
生活用品は必要で、娯楽は必要じゃない。
そんなことを考えていたら、やっぱり人間がなんで居るのかわからないし、そもそもこの世界自体なんで存在しているのかわからないという問題に行き当たります。
とっても根本的な問題だと思うけど、私にはど~~~~しても答えがわからなくて気になります。
どうして人間が存在しているのだろうと考えると動物や植物もそうだし、そもそもなんで宇宙なんかあるのだろうとか思います。
この世で偶然も不必要な物、事もないっていうのが持論なのですが……なんでそんな持論を持っているのかという理由も自分でもよくわからないのですけど。
でも、この持論は私の中で基本というか当然というか…。
というわけで、この世界は偶然でもなく不必要でもなく存在しているのです。偶然という話はともかく、じゃあどのようにして必要なのか。
それがどうしてもわからない…。
ある人は「人間は、先祖供養をするために存在している。」と言いました。
動物や植物、人間以外は先祖供養はできないからです。
それは、わかりますが、じゃあもとから何も存在しなかったらそんな話もないのでは……。
結局、どうしてこの世界があるんだろうと思います。どうして存在するのだろうと思います。もとから何もなくてもいいんじゃないのかなぁ。。
こんなことを言っていると、私が人生に絶望したみたいな人ですが…断じて違います!(笑 気になるだけです。
この、昔から気になっている問題ですが、これがファフナーでわかりそうな気がしたんですけど…わかりませんでした。
それより、なんであんなに辛いのに大変なのにそのなかでみんなはあそこまでして生きようとしたのかまた謎です。
死が怖いから、というような理由ではなく生きる信念のようなものが描かれていましたが…。信念って?
この世界に存在していたいから、大事な人と一緒にいられるから、大好きなものがこの世界にはあるから、夢があるから…死ねないのかな?
そういう想いがあるから生きたいという人が多いと思います…。
でも、もとから何もなかったらそんな感情を持つこともないのに…と思います。
で、やはり私が生きているからには必要で今ここにいるんだろうなと思います。
なんで必要なの?ここでもまた疑問が沸いてきます。
その答えもわからない…なんで私が存在しているのか。
この世界という存在を作り上げている一部?
ああそういえば、哲学の授業でこんなことを習ったのを思い出しました。
存在の理由をつきつめていってはっきり答えを出すことは不可能だと。
誰が論じたことか忘れましたが。
そうなのかもしれない…。この世界が存在する理由なんてないのか…必要だから必要だとしか言えないのかな…。
この指輪はどうしてあるの?
人がおしゃれをするため。
なんでおしゃれをするの?
自分を少しでも綺麗に見せるため。
どうして綺麗に見せるの?
美しいって素敵だから。
なんで素敵なの?
・
・
・
こんな風に無限に続いていきます。
と、授業で習いました。
確かにな~と思いました。
それからこんなことも習いました。
前も書いたけれど、確かなことは「自分は考えている」ということ。
世の中の疑わしいものを消去していく。
私たちが今見ている物は、もしかしたら錯覚かもしれないし、
私たちが感じていることは、もしかしたら夢かもしれないし、
数学的な考え方は、もしかしたら神や、悪魔によって私たちは思いこまされているのかもしれない、
疑える物を全て消すと、「我思う故に我あり」ということになります。
残ったのはこのただ一つの事実。
そう考えたらこの世界は何もないのかもしれないなぁとか思ったりします。
あーーもうよくわかんないけど、この世界はよくわからないことだらけだと思うんです。
何が正しくて何が悪いかなんて本当はないかもしれないと思います。
人によって感じ方が違いますから、殺人を良いと考える人もいれば悪いと考える人もいる。ただ人間の世界の決まりでは悪いとされているだけ。
老人に席を譲ると、その老人は喜ぶかもしれないし喜ばないかもしれない。一概には良い行動とは言えないと思います。大多数が良いと言うだけで。少数の人は良いとは思いません。
そんな感じで、世の中区別できることなんてないと思います…。
だったらどこに重きを置いたらいいのか。
どうやって人と接すればいいのか。わからなくなってきます。
その人その人によって行動や言動を変えてみるのがいいのかな?
でもそれにも限界があるというか…なんというか。
でーーまぁ長々と書きましたが、こんなことを考えてたら私のことがよくわからなくなって、今見失っているのです。
自分らしいって何だっけ?心に穴があいたかのよう。何か心もとないかんじです。
自分にとって何が必要で、自分はなんで生きているのか、ただ生きているだけでいいのか、でも何をすればいいのか。。全く解りません。
ていうか、そもそもなんでこんな事を考えているのかというと、やはり問題の根元はこの世界がなんで存在しているのか、ということになります。
それが解らないと私は本当に生きられない気がして。
なんで生きるために努力するのか…世界がそういう風になってるから?
そういう生き方はイヤだなぁ。
なんか人生に良いわけしているようでイヤだけど、やっぱり気になる物はしょうがないです~。
この世界に魅力がないわけじゃなくて、私だって生きてて楽しいとか嬉しいとか感じたことあるけど…。
ふーー。やっぱりよくわからない。もう止めます。
最近て言ったって、私の気まぐれのことですから、2,3日の間に治ってしまうのですが…。
最近っていうかおとついから?(笑
おとつい買い物に行こうと思いました。
買い物するのにはお金が限られてますから、その中でやりたいこと買いたいものを厳選して買わないといけません。
何が本当に必要で何が本当はいらないものか、考えてリストに書きました(どんだけあるんだ)
そしたら何が本当に必要で何が本当は必要じゃないものなのかわからなくなってきました。
私が今考える必要なものっていうのは、たとえば糊とかハンドクリームとかティッシュとか化粧品とか。
必要じゃないものは音楽とか漫画とか。
生活用品は必要で、娯楽は必要じゃない。
そんなことを考えていたら、やっぱり人間がなんで居るのかわからないし、そもそもこの世界自体なんで存在しているのかわからないという問題に行き当たります。
とっても根本的な問題だと思うけど、私にはど~~~~しても答えがわからなくて気になります。
どうして人間が存在しているのだろうと考えると動物や植物もそうだし、そもそもなんで宇宙なんかあるのだろうとか思います。
この世で偶然も不必要な物、事もないっていうのが持論なのですが……なんでそんな持論を持っているのかという理由も自分でもよくわからないのですけど。
でも、この持論は私の中で基本というか当然というか…。
というわけで、この世界は偶然でもなく不必要でもなく存在しているのです。偶然という話はともかく、じゃあどのようにして必要なのか。
それがどうしてもわからない…。
ある人は「人間は、先祖供養をするために存在している。」と言いました。
動物や植物、人間以外は先祖供養はできないからです。
それは、わかりますが、じゃあもとから何も存在しなかったらそんな話もないのでは……。
結局、どうしてこの世界があるんだろうと思います。どうして存在するのだろうと思います。もとから何もなくてもいいんじゃないのかなぁ。。
こんなことを言っていると、私が人生に絶望したみたいな人ですが…断じて違います!(笑 気になるだけです。
この、昔から気になっている問題ですが、これがファフナーでわかりそうな気がしたんですけど…わかりませんでした。
それより、なんであんなに辛いのに大変なのにそのなかでみんなはあそこまでして生きようとしたのかまた謎です。
死が怖いから、というような理由ではなく生きる信念のようなものが描かれていましたが…。信念って?
この世界に存在していたいから、大事な人と一緒にいられるから、大好きなものがこの世界にはあるから、夢があるから…死ねないのかな?
そういう想いがあるから生きたいという人が多いと思います…。
でも、もとから何もなかったらそんな感情を持つこともないのに…と思います。
で、やはり私が生きているからには必要で今ここにいるんだろうなと思います。
なんで必要なの?ここでもまた疑問が沸いてきます。
その答えもわからない…なんで私が存在しているのか。
この世界という存在を作り上げている一部?
ああそういえば、哲学の授業でこんなことを習ったのを思い出しました。
存在の理由をつきつめていってはっきり答えを出すことは不可能だと。
誰が論じたことか忘れましたが。
そうなのかもしれない…。この世界が存在する理由なんてないのか…必要だから必要だとしか言えないのかな…。
この指輪はどうしてあるの?
人がおしゃれをするため。
なんでおしゃれをするの?
自分を少しでも綺麗に見せるため。
どうして綺麗に見せるの?
美しいって素敵だから。
なんで素敵なの?
・
・
・
こんな風に無限に続いていきます。
と、授業で習いました。
確かにな~と思いました。
それからこんなことも習いました。
前も書いたけれど、確かなことは「自分は考えている」ということ。
世の中の疑わしいものを消去していく。
私たちが今見ている物は、もしかしたら錯覚かもしれないし、
私たちが感じていることは、もしかしたら夢かもしれないし、
数学的な考え方は、もしかしたら神や、悪魔によって私たちは思いこまされているのかもしれない、
疑える物を全て消すと、「我思う故に我あり」ということになります。
残ったのはこのただ一つの事実。
そう考えたらこの世界は何もないのかもしれないなぁとか思ったりします。
あーーもうよくわかんないけど、この世界はよくわからないことだらけだと思うんです。
何が正しくて何が悪いかなんて本当はないかもしれないと思います。
人によって感じ方が違いますから、殺人を良いと考える人もいれば悪いと考える人もいる。ただ人間の世界の決まりでは悪いとされているだけ。
老人に席を譲ると、その老人は喜ぶかもしれないし喜ばないかもしれない。一概には良い行動とは言えないと思います。大多数が良いと言うだけで。少数の人は良いとは思いません。
そんな感じで、世の中区別できることなんてないと思います…。
だったらどこに重きを置いたらいいのか。
どうやって人と接すればいいのか。わからなくなってきます。
その人その人によって行動や言動を変えてみるのがいいのかな?
でもそれにも限界があるというか…なんというか。
でーーまぁ長々と書きましたが、こんなことを考えてたら私のことがよくわからなくなって、今見失っているのです。
自分らしいって何だっけ?心に穴があいたかのよう。何か心もとないかんじです。
自分にとって何が必要で、自分はなんで生きているのか、ただ生きているだけでいいのか、でも何をすればいいのか。。全く解りません。
ていうか、そもそもなんでこんな事を考えているのかというと、やはり問題の根元はこの世界がなんで存在しているのか、ということになります。
それが解らないと私は本当に生きられない気がして。
なんで生きるために努力するのか…世界がそういう風になってるから?
そういう生き方はイヤだなぁ。
なんか人生に良いわけしているようでイヤだけど、やっぱり気になる物はしょうがないです~。
この世界に魅力がないわけじゃなくて、私だって生きてて楽しいとか嬉しいとか感じたことあるけど…。
ふーー。やっぱりよくわからない。もう止めます。