特攻への出撃を控えた2日前
広島に原爆が落ちた
祖父たちは昼頃、江田島から広島市内に救助に入った。
一面の焼け野原
戦友が入院していた病院は、爆撃で破壊されていた
病院に搬送する
息絶えていく人たち
身体を持ち上げる
焼けどで、皮膚が剥がれ落ち、血まみれの身体が滑り、壊れてゆく体が滑り落ちる
埋葬する場所もない
誰かもわからない亡骸を運び、防空坊に埋葬する
積み重ね、すべての防空壕がいっぱいになる
やがて終戦
今までないといわれていたのに、倉庫から大量に出てきた砂糖を持たされ、部隊は解散する
故郷に帰れても、死ぬための訓練しか受けていなくて、どうやって生きたらよいかわからない
東京で医師をしていた祖母
病が癒えた患者さんの顔が気になる
翌日、その方は大空襲で帰らぬ人になった
優しかった戦友会のおじさん、おばさんたち
お会いするときはいつも笑顔で、めいいぱい甘やかしてくれた
祖父や、祖母たちが生き残って伝えてくれた命
過去を伝えてくれていた方達も、天寿を全うされていき、語り部は減ってゆくけれど
伝え聞いたことを、こうしてまた、伝えることはできる
この国が、不戦の誓いを守って行けるよう願います