小さな旅

 「霜月に 出湯の国に 旅に出し 川のせせらぎ 我を寝かせず」
この歌は、私が初めて創った想い出の短歌です。

 二十歳の時、初めて独りで伊豆に旅に出ました。
 川端康成の「伊豆の踊子」に感銘を受け、その足跡を辿ってみたかったのです。

 韮山城跡から望む富士山の秀麗の見事さに感動したのが旅の始まりでした。水呂豊かな上蓮の滝。そこに至る道中の川沿いに広がる青々としたワサビ田。修善寺では興奮して寝付かれなかった夜。翌日は天城峠のヒンヤリしたトンネル。蓮台寺温泉の露天風呂。紅葉の鮮やかな
山並み。深き入り江の下田港。下田から伊東へ。伊東から大島へ。

 その船の甲板上で独りの学生との出会い。
 彼は明治大学の学生で「伊豆の踊子」の本、一冊をもっての旅。その上、下駄履きの旅装。下田港から出て行く踊り子の最後の場面を観んものと。しかし、海が荒れて下田で2泊するものの旅費が乏しくなって、伊東から乗船とのこと。

 彼は村田軍司と自己紹介してくれました。その時、陸軍が使っていた村田銃は僕のお爺さんがつくったとの冗談が不思議に思い出されます。

 その彼に咲くや創った短歌を披露したところ、「素晴らしい短歌ですね」と心から褒めてくれたのです。それからです。私が短歌を作るようになったのは。そして、旅の紀行を短歌で書くようになったのは。

 心からの褒め言葉、感動はひとの魂を揺り動かすという事を学びました。このことは私の教師人生に大きな影響を与えてくれました。

 彼との出会いは、今から47年もの昔のことです。約半世紀もの昔のことですが、不思議にこの旅でのことは鮮明に思い出されます。

 彼はいまどうしているのでしょう。

 今日の昼nhkの「小さな旅」に応募のことがでておりました。その時この旅のことが思い出されましたので書いてみました。