カーラ教授こと、川原泉氏作の漫画である。
川原氏の絵は、決して美麗とは言えない。
背景に描かれる建物や細々した小道具に比べて、人物は、大抵非常にシンプルな線で、非常にシンプルに描かれている。
決して突出した美少女や美少年、美女や美男は出てこない。
出てくる場合もあるが、大抵はその美貌は添物的に扱われていて、その美貌ゆえに不幸になったり幸福になったりはせず、いわば、キャラの特徴の一部でしかない。
主人公は、大抵どこかのほほんとした性格をしている。本人の自覚は別のところにあったりするが、周囲の認識とのギャップはいかにもリアルだ。
自覚したのほほんもいるが、その場合、輪をかけてのほほんとしていたりする。
読んでるこっちが「おいおい、大丈夫か?」と突っ込みたくなるほどに。
だがしかし。
シンプルでのほほんとした絵柄と、のほほんとした性格のキャラクターが繰り広げる物語は、のほほんどころの話ではなかったりするのが、川原作品の真骨頂だと思う。
差別の構造や善意の押し売り、あるいは幸福とはなにか、生きるとはどういうことか、といった命題が時にこっそりと、時にはっきりと語られる。
表題の作品は「ブレーメン」と呼ばれる動物達の物語である。
ブレーメンとは、遺伝子操作によって体格を人間サイズにされ、二足歩行と人間並みの知性を備えることとなった動物達の呼称。全世界(宇宙)的に働き手の絶対数が不足している未来で、その労働力を補うために生み出された動物達のことだ。
狂言回しは、かつて食欲魔人シリーズに出てきた、宇宙一正確で優秀な宙航士キラ・ナルセと彼女が勤める大企業の社長ナッシュ・レギオン。
船長のキラ以外は全ての乗組員がブレーメンという宇宙船を主舞台に、行く先々で様々な事件に遭遇する物語だ。
絵柄だけ見れば、シンプルに描かれた人間二人と人間サイズの動物達の非常にほのぼのとした童話的な物語に見える。
物語中で起こる事件はどれも深刻だが、その絵柄のほのぼのさに救われている感があるのは、作者の思惑通りなのだろうと思う。
彼女の作品を読むたび思うのだが…
ああ、アリス・イン・ワンダーランドだ、と。
一見、下らない馬鹿馬鹿しい出来事や、理不尽な登場人物に満ちたいかにも童話的な世界。
けれどその裏には風刺と哲学があって、読めば読むほど深い。
そういう部分で、彼女の作品はアリスに似ていると感じるのだが、如何?
私が一番好きなのは、「森には真理が落ちている」なのだが、ここに出てくる主人公の境遇を考えると、彼女が「浮世のわだかまりのまったくない」人物として描かれているのは、まさしく奇跡だとしか思えない。
そういう奇跡のような人物が、説得力を持ってそこに息づいている。
それを描けるあたりが、私が彼女を好きな理由の第一だと思う。