巴御前受容史を研究してます。
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5.5.2 女訓書の武器を持つ女性たち
日本の女訓書の図像には、武器を用いている女性が登場するが、刀と短刀が圧倒的に多く描かれている。女性が武器として薙刀のみを利用していたわけではないことがわかる。
1875年から1911年までの時期に刊行された女訓書36点のうち、24点に薙刀の絵が掲載されている。巴御前は12回登場するが、そのうち8回は薙刀の代わりに太刀を用いている姿で描かれている。(ベレック クロエ「20世紀前半の日本におけるなぎなた教育の女性化」日本女性学研究会女性学年報第41号 2020.12 P66)
平安時代に薙刀を使用した女性の存在は確認できない。(同上)しかし、薙刀を持つ巴は江戸時代の武家女性と同化され、次第に薙刀と一緒に巴が描写されるようになった。巴が薙刀を手に戦ったという歴史的な根拠がないにもかかわらず、「女武者」として名高い巴のイメージによって、薙刀は女子の歴史的武道として正当化されたといえる。
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5.5.3 薙刀教育での巴
薙刀は江戸時代になると、とりわけ武家の女性を対象とした教育道具となった。明治になってもその傾向は続き、師範学校や高等女学校などにおける女子体育の武道として発展した。
20世紀初頭における薙刀教育の対象は、まだ女子に限定されていない。1910年に薙刀が師範学校の女子生徒の課外活動となったことで、薙刀に対する認識が大きく変更される。女子向けの薙刀教本では、女性らしい健康な身体に備わった優美さと、薙刀との関連が指摘され、薙刀教育によって女子の「女性らしさ」が育成されなければならないとされた。一部の学校では女子の体育に薙刀が導入され、薙刀は女子にふさわしい武術であるとされた。
女子教育で用いられた薙刀教本では、女訓書と同様の歴史上の女性が描かれた。その中で、薙刀を使うのは女性であり、薙刀を武家女性の武器として定義することで、歴史の中で武家の女性たちは主に薙刀を利用していたのだという印象が形作られた。巴のように薙刀を使用したとされる有名な女性の例を挙げることで、女子教育としての薙刀を正当化し、薙刀を女性らしい武器とすることにつながった。
女訓書の中に薙刀を持つ女性の挿絵があるにもかかわらず、物語の中ではその女性が薙刀を利用した叙述がない場合もある。また薙刀を持つ女性の姿は、主に立ったままのポーズが掲載されている。女性の戦っている行動の描写よりも、歴史上の女性の単なる肖像としての図が多く掲載されている。しかも、薙刀と一緒に登場した女性は、敵軍または悪党に襲われて、自らの名誉(貞節)か家族を護るために、薙刀で戦い、犠牲になった女傑の例としてしばしば描かれている。他の武器を含めても、女性が武器を利用する機会は家族の保護と自らの名誉の保持のためである。女性の戦いは非常時における見事な出来事として表現されている。
女子教育機関では、女性に対して将来の妻や母となるため「婦徳の涵養」を強調した教育が行われた。その女子教育方針と薙刀、そしてそれを使用した歴史上の女性として巴が利用されたことによって、意志を持つ「女武者」巴ではなく、義仲や一族に準じた貞女・巴のイメージが形成されたのではないだろうか。
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女訓書の資料が少なくて苦労した記憶あります。
近隣図書館で入手できたのは2冊だけだったので
その2冊となぎなたの論文だけて書きました。
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これを書いている時は?だったけど
平家物語、源平物の中世注釈書との関連を考えると
武家女性の表象が急に儒教的になった理由が
わかるかと思います。
ブログで補完できてよかった。
