私は車内販売マニアである。どんな分野のマニアでも、細かい点、変わった部分に興味を持つ傾向がある。
普通列車グリーン車では、販売する物は、各路線とも基本的に同じで違いはないので、何を売っているかをチェックすることは、あまりない。
笑顔を振りまいているか、どんな言葉を客にかけながら巡回するかは当然気になる。腕の良いアテンダントさんになると、どんなタイミングで客室に来るか、どんな速さと歩幅で歩くかといった、細かいことも絶妙と感心している。
ある日、高崎線で凄いアテンダントさんを見かけた。
上野を発車する前に巡回した時には「あと3分ほどで発車します。」と、ふつうは言わない案内。
赤羽、浦和、大宮と必ず扉の前に立って「乗降客にご乗車ありがとうございます」と案内。
缶コーヒーを頼むと、振って水滴をふき取ってから手渡し。平日の昼過ぎでグループ客は皆無の列車だから、ビールは1本だけにしてニーズがありそうな菓子類などを適切に選んで載せていた。
他にも鮮やかな技の連発に驚いた。だから浦和発車後は、どんな良い仕事をするか、アテンダントさんが通るたびに凝視したのだった。
私が降りるのは、あまり大きくない駅だった。私が降りる時も、アテンダントさんが持っている端末で下車駅をチェックしたようで、見送るために1階から上がったまま私の席のすぐ近くの扉に待機していた。
私が右の扉の前に立って、アテンダントさんが左の扉の前に立った状態で、電車はブレーキをかけ、だんだんと速度を落としていった。
停車して扉が開くまでにあと15秒くらい、発車まで45秒くらいある。よし、軽く話しかける時間はあるや、と考えた。
「凄い腕ですね」と言って私はアテンダントさんの方に、2歩すすんだ。その時点での距離は1m。するとアテンダントさんは、横に持ったカゴを前面に向けて1階方面の階段を2歩下がっていった。
私は驚いた。でも冷静になれば、そりゃそうだ。私は、アテンダントさんをジロジロ見続けた「不審な客」なのだ。「不審な客」が近づいてきたのだから、一定の距離を取ってカゴでガードしたくなるのも無理はない。「凄い腕ですね。また期待しています」とだけ伝えて、その場は下車した。不審な客から身を守る「護身術(?)」を身に着けていることも分かって、更に凄いと感じたのだった。
このカリスマアテンダントさんのグリーン車に、今までに9回乗車した。何度か乗車しているうちに、変わったマニアだが不審者ではない(?)と理解してもらうことができた。
今では、このカリスマアテンダントさんが、クッキーサンド「マルコロ」販売に回るときには、私の横を通る時だけ、急に歩く速さがゆっくりになり、案内の声が大きくなる。 さすが凄腕だ、と感じて買ってしまったのだった。