2000年ごろの渋谷には、まだ「これから何者かになるかもしれない人」が、今よりたくさん歩いていた。
もちろん、これは誤った記憶なのかもしれない。何しろ二十年以上も昔の街のことだから。実際には当時から、何者にもならないまま、一日を終えてしまう人が圧倒的に多かったはずだ。渋谷で待ち合わせをして、CDを買って、プリクラを撮って、ラーメンを食べて、終電に間に合うように駅へ戻った。それだけの一日だった人が、ほとんどだっただろう。
それでも僕には、あのころの渋谷を歩く人々が、みんな少しだけ未来を信じていたように思える。僕自身がそうだったから、そう思ってしまうだけなのかもしれない。当時の僕は、渋谷系の音楽を熱心に聴く人間ではなかったし、クラブに通っていたわけでもない。洋服にもそれほど興味がなかった。だから渋谷という街に対して、ある種の部外者意識があった。センター街を歩いている若者たちは、僕とは違う人種なのだと思っていた。
でも、そんな僕でさえも、渋谷駅から出ると、少しだけ歩く速度が上がった。なぜだか分からない。街そのものが、人間に「急いだほうがいい」と命じていたのかもしれない。
ハチ公前には待ち合わせの人が溢れていた。携帯電話を持った人が、今では考えられないほど真剣な顔で、液晶画面を見つめていた。まだスマートフォンではない。折り畳み式の携帯電話を開いて「今どこ?」という短い文を打っている。
今どこ?
たったそれだけの言葉が、当時の若者たちには必要だった。位置情報など共有できなかったから、待ち合わせには、ほんの少しの賭けがあった。ハチ公のそばなのか、駅前の交番なのか、109の入口なのか。相手を見つけるまで不安だった。その不安を、携帯電話の画面が、少しずつ引き受けはじめていた。
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僕が渋谷でよく見ていたのは、スクランブル交差点を渡る人々だった。信号が変わると、一斉に人が動き出す。女子高校生らしい二人組。黒い服を着た少年。髪を金色に染めた青年。スーツ姿の会社員。買い物袋を提げた女性。何かの撮影をしているらしい人。外国人観光客。そして、僕のように、特に急ぐ理由もないのに、周囲に合わせて歩いている人。
あれほど大勢の人間が、同じ方向に向かって歩く場所は、そう多くない。けれど、交差点を渡り終えると、みんな別々の場所へ消えていく。それが不思議だった。
当時の僕は、あの交差点を渡る人々を眺めながら、このなかに未来のミュージシャンがいるかもしれないと思った。まだ何者でもない青年が、これからバンドを組んで、いつかCDを出すのかもしれない。モデルになる女の子がいるかもしれない。デザイナーになる人もいるだろう。会社を作る人だっているだろう。
もちろん、そんなことを考えながら歩いていた人はほとんどいなかったはずだ。誰もが、ただ友達との待ち合わせ場所へ向かっていただけなのだと思う。それでも、僕には、あの街全体が巨大なオーディション会場のように見えていた。
雑誌には、街を歩いているだけで声をかけられた、若者たちの談話が載っていた。CDショップには新しい音楽が並び、洋服屋では新しいブランドが生まれ、クラブでは誰かが誰かを見つけていた。インターネットは、まだ今ほど生活の隅々まで入り込んでいなかった。だからこそ、街に出て、人に会うことには、今より大きな意味があった。画面の向こうではなく、街のどこかに「何か」があると思っていた。僕も、その「何か」を探していたのだ。結局、何だったのかは分からないけど。
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ある夕方、渋谷のCDショップで、ひとりの男を見た。年齢は僕と同じくらいだったと思う。彼は試聴機の前に立ち、ヘッドホンを耳に当てていた。片手にはCDを一枚持っていた。ジャケットを見て、試聴して、またジャケットを見る。真剣だった。
僕は彼の横を通り過ぎた。それだけのことなのに、なぜか覚えている。彼が何を聴いていたのかは分からない。どんな人生を送った人なのかも知らない。その後、どこに住み、どんな仕事をして、誰と結婚したのかも知らない。もしかすると、ずっと独身だったかもしれないし、音楽とは無関係の仕事をしているかもしれない。あるいは、もうこの世にはいないのかもしれない。たしかなことは何ひとつない。それでも、あのとき彼がCDを聴いていたことだけは覚えている。
音楽を聴くために、渋谷まで来る。いま思えば、それだけで十分に幸福な光景だった。
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渋谷の街は、その後ずいぶん変わった。ある建物がなくなり、別の建物が建った。僕自身も変わった。髪型も服装も変わったし、昔ほど街を歩かなくなった。
当時は自分が若いのを、特別なことだと思っていなかった。朝が来れば起きて、誰かと約束をして、渋谷へ行った。携帯電話を開いて、「今どこ?」と送った。音楽を聴いた。服を買った。くだらない話をした。終電を気にした。それが青春だったのだと、あとになって知った。
青春は、たいてい、その最中には青春ではない。ただの一日だ。ただの待ち合わせだ。ただの交差点だ。ただのCDショップだ。だから、僕はあのころの渋谷を思い出すと、街ではなく、人を思い出す。
スクランブル交差点を渡っていた、名前も知らない人たち。ハチ公の前で誰かを待っていた女の子。携帯電話を耳に当てて笑っていた青年。試聴機の前で、人生を左右するほど真剣な顔をしていた男。彼らが今どこにいるのか、僕には分からない。
たぶん彼らの多くも、自分があの街にいたことなど、もう覚えていないだろう。でも、2000年ごろのある夕方、渋谷という街のどこかで、僕たちは同じ時間を生きていた。それは今となっては、少し不思議なことに思える。僕たちはまだ若く、自分たちが若いことを知らなかった。未来が来ることを知っていたけれど、その未来が、いま自分のいる場所を少しずつ消していくことまでは知らなかった。
渋谷の交差点を、僕たちは何度も渡った。何かを探していた人もいただろう。何も探していなかった人もいただろう。それでも信号が青になれば、みんな一斉に歩き出した。あの頃の僕たちは、どこへ行けばいいのか分からないまま、それでも歩いていた。そして今、振り返ってみると、あの大勢の人々が歩いていた方向こそが、たぶん僕たちの「青春」だったのだと思う。
ありがとう、とは言えない。誰に言えばいいのか分からないから。ただ、あのころ渋谷を歩いていた名前も知らない人たちが、どうかそれぞれの場所で、あの日々を完全には忘れずにいてくれたらいいと思う。自分がまだ何者でもなかったことを。何者でもないまま、誰かと待ち合わせをしていたことを。そして、スクランブル交差点の向こう側に、まだ何かがあると思っていたことを。