とある坊主がつぶやいてみた -2ページ目

回心という言葉がある。今まで主体を担っていた自我が自覚によってひっくり返る様を表す。

 

といっても、主体をになう自我というのは何かを分からない私達は、自分の行動の根にある

 

あり方を問題にするということはあまりない。自分の存在の意義を問題にするようなことを

 

したがらないものである。しかし私達は、自我により、知らぬ間に人を傷つけ自分の

 

思いを押しつけ、それで正しいと思っているのだから困ったものである。

 

その主体となる自我に気づかされると、いかに自分が傲慢で自己中心的であったかを気づかされる。

 

そこに慚愧、恥ずかしいという思いが生まれ今までの主体となった自我を客観的に観る眼が生まれる。

 

これを、主体の転換といい、回心という。