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子沢山シャム猫母さん日々を綴る

個性豊かな4人の子どもたちも大きくなったけど悩みは尽きない
アスペなシャム猫母さんの日常と、思うこと愚痴、そんな日記です。
日常に着物を着る事にもはまってます。
歌う事が大好きです、趣味はゴスペルコーラス
アクセサリー作りです。

知り合いの半世紀以上連れ添われたご夫婦のご主人のご葬儀に参列

お子様、お孫様、曽孫様に見送られ旅立たれた、ご夫婦中も良く

多くの参列者も来られてのご葬儀

齢90の享年残されたご家族には悲しみはあるのだろうけど

見送られたご主人は幸せな最後だったのではないだろうか?

65年間の夫婦生活残された奥様は

私のやりたい事を全て応援してくれた素晴らしい旦那様だったと

喪主挨拶で仰ってた。

夫婦どちらかが天召されるまで添い遂げられたご夫婦を見ていると、

嗚呼、あんな風に思い合える関係を最後まで続けられるというのは幸せなのだろうなと

一人相撲して疲れて2度も連れ合いを放り投げた私は思う。

久しぶりの書き込み

色々会ったけどとりあえず

落ち着いてる日常

趣味も楽しみながら

少しだけ働く楽しみも

動画編集やらイラスト作成やら

無理をしないと決めてから

心も身体も何となく

ユルユルと過ごしている

ストレッチや姿勢の改善の

成果も少しでてスタイルも

それなりになったと思う

幾つになっても努力は

報われると感じる今日この頃です。

私には4人の子がいるけど、

上2人、下2人で父親違い

上2人の姉妹は立場逆転状態な感じ、2歳半の年齢差があるけど

次女がお姉さんみたいだった。

長女は自閉症スペクトラム障害

所謂アスペルガー、

知的には普通だけど精神年齢は低め、

妹である次女がある程度大きくなってからは、長女のサポートをしてた。

1度目の離婚後再婚して下の子を立て続けに産んだ私は長女まで手が回らず、

その当時12歳のお父さんっ子だった長女を父親に託した。

次女は私の手元に残り下の子たちのお姉ちゃんとして一緒に暮らしてきた。

姉妹は時折行ったり来たりして関係は切れずに大人になり、

8年前父親が亡くなった後は長女からのSOSが有れば私か次女ができるだけサポートはしてきたけど

まだ幼い下の2人を抱えながら

頻繁なSOSに応えてやるのは正直しんどかった、

次女はそんな私を思って、間に立って守ってくれてた、

長女は私と言う人間を本当には見てなくて、自分の理想の母親像を作って私に投影してる感じで、

生身でぶつかることも無く

一緒に居ると凄く疲れる子で

それは次女にとってもそうだったらしく、

今年の春頃に次女が耐えきれなくなり喧嘩して、もう長女と付き合うのは疲れた関わりたくない

との事で自分を疲弊させてまで世話しなくて良いよと話した。

次女は半年前就職して社員寮に入り独立、

私は下2人と3人の生活に慣れてきて生活ペースもこの頃整って来た


長女とは時折のLINEくらいで、直に会うことはせず、1年以上会ってなかったが、

昨日LINEで次女との間に入ってくれと言ってきた正直どちらに、肩入れするとかでなく2人の中で解決してくれ〜と思うけど次女の気持ちも考え仕方なく中に入り、

双方の言い分を聞いて橋渡しをした、

結論とりあえず絶縁に近い疎遠

直接関わる事を避ける事に

私自身も絶縁こそしないけどできるだけ疎遠なスタンスで長女には

関わることにする

長女も我が子には変わりないけど

会うとこちらが凄く疲れるのですよ

4人の子の中で他の3人はパーソナルスペースに入って来ても平気なのだけど、

長女が近くに来ると何故かピリピリして落ち着かなくなる

実母にも疲れるけど、それ以上に疲れる


母親だけど、情けないけど無理なものは無理受け止め切れない


下の2人の子達にしてもお姉さんではなく遠い親戚みたいな感じで

受け入れ不可と言うし


今後暫くは距離を置いて接する事になると思う


長女には福祉のサポートがしっかり付いて居るので生活等は大丈夫なのです。



今会計をしている某NPO主催の

コンサートが無事に終わり

気が抜けてるシャム猫でっす。

いや〜この半年くらい?

計8回?程に及ぶ実行委員会

チラシデザイン、チケットデザイン

タイムテーブル作成、NPOの紹介スライドショー作成等をやらせていただき、

本番当日は出演するコーラス団の団員としてスタッフとして1日走り回る事となり

終わった今は燃え尽きてます。(笑)

まだこれから動画編集等もありますが1人打ち上がるシャム猫です。

おつかれさんでした自分です。

何をして生活してるのかと謎多きシャム猫ですがこんなこともしてるのであります。

私の表面だけしか知らない人は

能天気に生きてきたと思うらしい


いつもカラカラ笑って楽しい事を

してる所だけしか見てないからね


2回の結婚も私はいい加減な気持ちではしなかったし離婚に至る時もかなり悩んでから選択した


発達障害を持つ子どもたちは

一筋縄では行かなかった


子どもたち育てながら自分の持って生まれた発達障害にも気付かされて生きにくさの原因を知り経験から学んで何とか問題を解決しながら生きてきた


自分が不幸だとかは考えなかった

その時その時必死に降りかかる問題を解決しながらやってきただけ


不幸だ、なんで私だけ?

そう思わなかっと言えば嘘になるし消えたい死にたいって思った事も何度もある


でも、基本的には自分は不幸だと思うより小さな幸せで明日も生きようと思えたから生きてこれたと思う


死にたい、消えたいと意識せず口に出ることは今でもある

心が病んでるから病が言わせてるんだと自分に言い聞かせてそれを流してる


人生の半分を過ぎた今私は幸せだ

子どもたちもそれなりに育っているし子育ての出口も見えたし


必要とされてる事もあるし

楽しみもあるし


やりたい事が出来る今が一番幸せ


苦労なんてしたことがないように見えると言われる顔でいられることもきっと悪い事じゃないんだろう


でも、ちょっと心外なんだよね(笑)