グローブ「あのですね」 シャチが言った。 「本気で聞きたいんですけど、3000万円程度の借金で、本気で死ぬつもりだったんですか?」 私は返す言葉もない。 事実、3000万円程度の借金で、私は、もう、本当に、どうしようもない状態なのだ。 死ぬ以外、道がない。
もう一度 会いたいのよ もう一度 甘えさせてホテルを出て 、私とシャチは昼間の切替町を歩いた。初春なのに、まるで真夏のように焼け付く陽射しが、2人の背中を際立って、照らした。「あのさ、俺、とても返せない借金を背負ってるんだ。もう死ぬしかない」「いくらなんですか?」「3千万円くらい。・・・正確には、今月で3275万円になる」「なんだ。そんなの、簡単に返せますよ」シャチは涼しい顔で言った。
マイスリー電話のコールに叩き起こされ、目を開けると、ここは一体どこだ? 私は土臭いベージュ色のカーペットの上に倒れこんでおり、顔を上げると、視線の先には、真っ白なシーツがぴんと張られたベッド。・・・そうだ、私とシャチは昨晩、両替町のバーに入ったものの、ボウモアを1杯飲み干しただけでシャチの目が座り始め、仕舞いには、ヒレで瓶を掴むとラッパ飲みをして、大暴れだったのだ。店を出て、何とかビジネスホテルにチェックインしたものの、恐らくベッドへ辿り着く前に力尽き、そのまま床で寝てしまったのだろう。まあ、それはいい、とにかく電話に出なくちゃ。ふと足元に目線を移すと、シャチが白い腹を天に向けて、高らかにいびきをかいていた。電話はフロントからで、チェックアウトの時間が過ぎているということだ。「この部屋、もう何泊か出来ますか? ええ、料金は先に払いますから」窓の外からは、カーテン越しに真夏の日差しが差し込んでいた。
デパケン店内は、尾崎豊じゃないが、煙草の煙がゆらめき、狭いカウンターと空席ばかりのテーブルを縫うように、音楽が流れていた。カウンターのスツールに、どうやってシャチが座ったのか判らないが、とにかく私は、シャチと、小さな椅子に腰を並べた。シャチは、「あの、すみません・・・」と、酒を頼むより先に、バーテンに声を掛け、「カントリーのレコードありますか? ええ、ナッシュビルっぽい・・・」音楽に詳しくない私でさえ、かなり大雑把な注文と思えたが、バーテンも慣れたものらしく、やがてジム・リーヴズが流れ出した。「シャチ、何飲む?」「そうね・・・」「まあ、お互い、好きなものを頼もうか」お互い、計ったように、ボウモアを頼んでいた。
デパス私とシャチは、手をつないで、両替町を歩いた。ひとつの傘に二人なので、雨が互いの肩を濡らした。繁華街の外れ、「このお店、来てみたかったの」とシャチが立ち止まったのは、ブラック・ミュージックを大音量で流す、地下のバーだった。私とシャチは、手狭な階段を降りていった。そういえば、どうして私は、会社を共同経営するほど、シャチと仲良くなったのだろう。いくら記憶を辿っても、はっきり思い出せるのは、2年前、会社設立の書類に約款を押すシーンまでだ。それ以上に古い記憶へアクセスしようとすると、夢か現実か判らない、断片的な映像が渦を巻いて、まるでウナギを掴まされたように、記憶も意識も、とりとめなく逃げていく。そんな私を尻目に、シャチがヒレで扉を開けると、薄暗い店内から、メイブル・ジョンの SAME TIME, SAME PLACE が、しめやかに流れてきた。「今日くらい、明日を忘れて飲みません?」と、シャチが微笑んだ。