僕の居場所は、いつもタコ壷の中だけだった。



━━ アズール母校 ━━

子ども人魚A:やーい、アズールズルズル、墨吐き坊主!


子ども人魚B:さっさと拭けよ。足ならたくさんついてるだろ?


子どもアズール:や、やめてよぉ……な、何でそんなこと言うの……。


子ども人魚A:逃げろ! 墨つけられるぜ~~~。


子ども人魚B:きゃははは! 俺らに追いつけっこないけどね。


子どもアズール:うっ、うっ……。



ほかの人魚と違って、吸盤が沢山ついた足。


引っ込み思案でハッキリものも言えない。


勉強も運動もてんでダメ。


──僕は、いつも1人ぼっち。


グズでノロマな、タコ野郎。



子ども人魚A:アイツがいると水が濁る。だって泣くと墨吐くんだもん。


子ども人魚B:鬼ごっこしても、すぐ捕まえられるから一緒に遊んでもつまんない。



ああ、そうですか。


なら、僕のことは放っておいて


ぐるぐる走り回るだけの


生産性のない遊びでもしてろ!


僕には早く泳げる背びれはない。


でも、自在に動く10本の手足がある。


腕が2本しかない奴らより


5倍多く


魔導書の書き取りをしよう。


魔法陣を書く墨だって


いつでも吐き出せる。


今に見てろ。


いつか絶対、


能天気な人魚どもを見返してやるからな!



子どもフロイド:ねえタコちゃん、そんな狭いタコ壷に引きこもって何してるの?


子どもアズール:うるさいな、僕のことは放っておいてよ。


子どもジェイド:すごい。どの貝殻にもびっしり呪文や魔法陣が書いてある。種族を変える魔法に、声を奪う魔法……。

        君、その8本足でずっと魔導書の研究を?


子どもアズール:勝手に触るなよ! 墨を吐きつけられたいのか!

        僕はもっと勉強して、海の魔女のような力を身につけてやるんだからな!

        だから、邪魔するな! あっちへ行けったら!


子どもフロイド:ジェイド、あのタコ面白いね。


子どもジェイド:ええ、フロイド。興味深いですね。



そして、ひたすら勉強を続けて数年が過ぎ……



中学生フロイド:となりのクラスのデブ人魚が急に激やせして彼女が出来たんだってー。


中学生ジェイド:かわりに、彼自慢のテノールが酷いしゃがれ声になったそうです。


中学生アズール:へぇ、そう。


中学生ジェイド:別のクラスのボサボサのクセ毛に悩んでいた人魚もサラサラで綺麗な金髪になったとか。


中学生フロイド:代わりに、速く泳ぐための大きな尾びれが無くなった。


中学生アズール:ふぅん、なるほど。


中学生ジェイド:ねえ、アズール。ぜんぶ君の仕業なんでしょう?


中学生アズール:……僕の? なぜ?


中学生ジェイド:そんな強大な魔法、能天気な魚たちには到底使えません。


中学生フロイド:タコちゃん、ずーっと魔法の勉強してたじゃん。


中学生アズール:……ふっ。

        ふふ、ふふふ! ははは!! そうですか。

        まさか、もうバレてしまうなんてね。


中学生フロイド:じゃあ、やっぱり?


中学生アズール:ああ、そうさ。僕はついに完成させた。

        この魔力を込めた契約書。これにサインさえ取り付ければ、どんな能力でも相手から奪うことができる……

        その名も、『黄金の契約書(イッツ・ア・ディール)』!

        今度は僕がこの魔法でアイツらを跪かせてやる。

        お前らの長所は、全部僕のものだ!!

        アハハ!!! アハハハ!!!



僕は、1秒たりとも忘れたことはなかった。


僕をバカにしてたヤツら。


いじめたヤツらの姿を。


そして時間をかけて観察してきた。


ヤツらの弱み、悩み……


僕は、全部握っている!


弱みを握れば、早く泳げるヤツの尾ひれが奪える。


悩みを握れば、歌が上手いヤツの歌声も奪える。


この契約書があれば、僕は無敵だ!


僕はもう


グズでノロマな


ひとりぼっちのタコじゃない。


僕は、この力で全てを支配してやる。


僕を馬鹿にしたヤツらを


今度は僕が跪かせてやるんだ。