前回の濾過とはまた違う話しだけど
逆に頭で発言された事が
そのまま口から出る人を羨ましく思う
「あ、犬だ」
とかね
あ、犬だ。という事により
私は犬が好きだ。とか
私は犬を飼っている。とか
こちらに情報を与えようとするための一つの前振りと考えれば納得のいくものだけど
単に目の前に犬が現れた事に対して
あ、犬だ。というようにただそれだけを
そのまま口から出しているような場合
多分その人は
犬が急に目の前に現れた事や
その犬が可愛い犬だった事に無意識に感覚を刺激されて
あ、犬だ。と言っているんだと思う。
俺だって
犬は嫌いじゃないし、むしろ好きだし街を気持ち良さそうに散歩する犬を見て可愛いと思う
犬が目の前を横切ったら
それに対して刺激を受けて
あ、犬だ。と頭では無意識に発言しているはずだと思う
でも、正直外に出たら一度は犬に遭遇するだろうし
その犬が見た事のない珍しい犬な訳でもないし
口で発言するまでに至らない事が多い
多分そういった事が口から発言されている人は
俺の何倍も犬が目の前に現れたことに対して感動しているんだと思う
犬は一つの例えだけど
他でもいい
今日は空気が乾燥してるとか
ごみ置き場のゴミの量が半端ないとか
信号待ちの車のナンバーが777だとか
前から歩いてきた人が2人とも眼鏡をかけてるとか
確かに
あ。と思う事はあるけど
多分高い確率で俺自身の口からそれらが発言される事はないはず
口からそれが出てくる人と俺とでは
物事から受ける刺激の量が違うのだと思う
多分
俺だってほんの些細な事からたくさんの刺激を受けたいし
それを口に出した方が自分も楽しくなれるはずなんだけど
そうではないところが
たまに人から冷めてるとか冷たいと言われるところなんだろう
損な性格だ
そんなことを考えてる矢先
また少しどうでも良くなってしまう自分
後程
iPhoneからの投稿
