#関節夫の手のひら小説286
今日という灯(ひ)
すべからく明日のことなど解かるまじ——
圭介は、真理子の短歌を心の中でなぞりながら、病室の椅子に腰を下ろしていた。
白いカーテン越しの光はやわらかく、時計の針だけが妙に大きな音を立てている。明日になれば何かが変わるのか、それとも何も変わらないのか。圭介には、そのどちらも想像できなかった。
「人は、つい先のことばかり考えてしまうわね」
真理子は窓の外を見つめたまま言った。
「でも、未来はいつも曖昧で、今日だけが確かなのかもしれない」
圭介は彼女の横顔を見つめ、静かに息を吸う。
不安も恐れも、消えてはいない。けれど、それ以上に、この瞬間を失いたくないという思いが胸を満たしていた。
彼は真理子の手を取り、ぬくもりを確かめる。
「さらば、だな」
そう呟くと、彼女は小さく首を振った。
「いいえ。輝かせるの。今日のいのちを」
二人は言葉を交わさず、ただ同じ光の中に身を置いた。
明日は分からない。だからこそ、今日という灯は、静かに、しかし確かに燃えていた。





