俳優の坂本長利(さかもと・ながとし)氏が20日、老衰で死去しました。


94歳で告別式は26日午後1時、栃木県佐野市韮川町578の1佐野斎場で、喪主は友人の福地達夫氏です。

坂本さんとの出会いは、平成5年5月29日(土)長岡市のお寺で開催された一人芝居『土佐源氏』公演の音響を頼まれた31年前になります。

『土佐源氏』の音源は7号オープンリールテープでしたので、高校1年に買ったSONYのオープンリールデッキで対応しています。
公演リハーサルでは音響のミスはなかったのですが、本番のクライマックスでデッキが動かなくなり、音が出ませでした。

終了後、坂本さんにお詫びしましたが、叱られることもなく、なにもなかったように許してくれました。

実力派俳優は音が出なくても、照明演出がなくても魂を込めた演技で観客に感動を与えてくれます。

この出会いから坂本さんのファンになり、いつか小出に一人芝居『土佐源氏』を呼べないかと考えていました。

その後、小出郷文化会館の館長に就任したこともあり、平成14年3月31日に演劇鑑賞事業として、坂本長利さんを招聘し再会を果たしています。


大ホールのステージを舞台と客席にした特殊な設営を施し新たな演出により、役者と観客が一体となり『土佐源氏』の観客268人は坂本さん熱演に酔いしれました。

この公演から10年後、魚沼市小出郷文化会館の魚沼映画の専門店(特別企画)「ハーメルン」の上映会を開催します。

この映画に出演している坂本長利さんが、サプライズ舞台挨拶に登場して、会場から盛大な拍手喝采を浴びました。記憶に残っている思い出です。


坂本長利さんに心からお悔やみとご冥福をお祈りいたします。

「土佐源氏」とは、山口県出身の民俗学者・宮本常一氏の著書「忘れられた日本人」に登場する盲目の老人、高知県檮原町で実際に聞き書きした元馬喰(牛馬売買人)の一代記を、坂本長利が独演劇化したものです。

それは昭和42年、新宿にあったストリップ小屋の幕間狂言から始まりました。


38歳でこの老人を演じてから令和元年で52年、上演回数は1200回を超え、 卒寿を迎える今も、 呼ばれればどこへでも出掛けて上演する『出前芝居』を続けていました。

坂本長利さんの活動をご案内いたします。

~土佐源氏によせて~
昔、坂本さんに小さな献詩を書いたことがある。
    創るということは 遊ぶこと
    創るということは 狂うこと
    創るということは 愛すること
    創るということは 生きるということ
坂本さんと仕事をしていて その言葉が浮かんだ。  倉本 聰

坂本さんにお目にかかっていると、突然ある気合いに打たれることがあります。


「自分の好きなことをして生きているのだから、世間並みの仕合せなどむろん望みはしないし
いつどこでも野垂れ死にしてもかまわない」という覚悟が、静かに、勁く伝わってくるのです。

この気合い、この覚悟が、たとえば「土佐源氏」への凄烈なこだわりにあしらわれていることは
申しあげるまでもありません。

坂本さんのこの気合いや覚悟に、私などもよほど見習わなくてはなりません。  
  井上ひさし

■坂本長利さんのプロフィール

1929年(昭和4年)、島根県出雲市生まれ。「ぶどうの会」「変身」等の劇団を経て、小劇場運動の先駆けとして活動。


大劇場での商業演劇公演も含め、映画・テレビ・ラジオドラマなど、あらゆるシーンでその演技力と存在感を発揮してきた。

70年近い芸歴の中で、数多くの名だたる俳優と共演し、作家・演出家からも高い評価を得ている。

テレビドラマでは『Dr.コトー診療所』の村長役で親しまれた。2019年には小林薫主演の人気ドラマ『深夜食堂-Tokyo Stories Season 2