「8500円のお返しです。」


おばさんはそういうと、あたしの手に8500円を乗せた。


あたしはそれを黙って受けとると、しばらくそのお金をみつめていた。




水道料金の支払い期日が今日までで、そのほかの支払いもあったため

あたしはコンビニへと急いだ。

なんやかんやで、


「16550円です。」


のおばさんの言葉に、20550円を差し出した後での出来事だ。


20550円-16550円=4000円  が手元に帰ることはすでに計算済みだった。



           (いやいや、お釣り違うよね・・・こんな簡単な引き算なのに・・・)



お金を財布にしまわないまま、それをじっとみつめているあたしに

なにかを感じ取ったおばさんは、こう言った。


「500円玉ありましたっけ?」


   

            (げ・・・この人受け取った金額忘れてるんだ・・・。出したじゃん、500円。

             でも、なんて言おう・・・。出してないって言ったらうそになるし・・・。

             この場合金銭の授受が絡んでるから、偽証罪になるわけ?!

             さっさと財布にしまえばよかった・・・。)


「はい。」


           (あ・・・・いっちまった・・・・・・)



「ちょっと計算しなおしますから」


おばさんは引き出しから電卓を取り出した。

 


           (いやいやおばさん、レジの金額見りゃわかるじゃん。

               現計16550円     預かり25050円

            つまりあなた、500円と5000円を打ち間違えたわけよ。)



何度か電卓を打ったところで、おばさんは聞いてきた。


「いくらお預かりしましたっけ?」

  


           (え~~~~??  あたしに振るわけ~??

            てかさ~、客が払った金額くらい覚えててよ~。

            覚えられないなら、見えるとこにおいておこうよ・・・

            4500円あれば焼肉食えたな~・・・。)



「20550円じゃなかったですか?」



           (あたしを試してんの??これ、もしかしてドッキリ???)



しばらく電卓をカタカタやると、おばさんは「一旦返してください」と

あたしの手のひらの8500円をひったくるように取り返した。


「おつりは4000円ですね。」


正しい金額があたしの元に返された。


何事もなかったかのように、いわゆるコンビニ特有の「ありがとうございます」だけを

言われて、あたしは店を後にした。


           (・・・4500円っちゃあ、たぶんおばさんの日給より高いんだろうな・・・。)



夕日に向かってペダルをこぎながら、中途半端な正義感をちょっと恨んだ。



あたしのしたことって、良かったの?それともただのおバカなの?


だれか教えてほしい。










陽射しの暖かい南向きのテラスに置かれた籐の椅子に腰掛けた彼女は、冷たいアールグレイで喉を潤すと、ポツリポツリ話し始めた。


「信じていたわ・・心から・・・」


‘古希’という呼称がいつから使われるようになったのか知る由もないが、‘古希’と呼ぶには、彼女は余りにも若々しく、そして、美しかった。


「学校を出てすぐのことよ、知り合ったのは。誰しもそうだと思うけど、右も左もわからないネンネでね。

気がついたときにはもう関係を持っていたわ。えぇ、つい最近までずっと・・・」


彼女の住む西東京のマンションからは、お天気がいいと遠く彼方に富士山が望める。

日本の象徴ともいえる日本一の富士山。目を上げると、遥か遠くにそれをぼんやりと捉えることが出来た。


「あなたは本当にラッキーね。」


軽くウインクをすると彼女は続けた。


「‘君の将来に責任を持つ’なんて、若い子が言われてごらんなさいよ。

 もう舞い上がっちゃって・・。」


彼女はまるで少女のように「クスリ」と笑った。


「ずっとずっと信じ続けていたの・・・この歳になるまでね・・。

 裏切られるなんて一度も思ったことはないのよ。

 穏やかに安心して暮らしていけるって思ってた。

 でもね、つい最近わかったの。

 空白の何年かがあるってことに・・・・」


知り合ってからずっと、仕事を辞めても、そして、生活環境が変わっても、彼女はただひたすら信じ続けてきた。


富士山を見つめたままの彼女の瞳から涙が一筋流れたとき、

その白い手のひらから「ポトリ」と年金手帳が落ちた。