遅ればせながら、セックス・アンド・ザ・シティの映画をDVDで見た。
ううっ胸に込み上げて来るシーンもあったけれど、
「I knew you would do that!!! I knew!!!」
ってキャリーが取り乱す所で一番最初に思ったのは
「ああ、心のどこかで信じてなかったんだ。そりゃダメだよ」
だった。
引き寄せの法則(laws of attraction)では、思っている事は全て現実になるという事だし、キャリーが自分一人で自分の事ばかりに浮かれていた時点で、彼女は一人歩きしていたと思う。
そしてミランダも自分の仕事、自分の時間ばかりで、思いやりに欠けていた。
そして私が思うのは、二人とも自分の人生を生きていない気がするという事。
「え?めちゃくちゃ自分中心の人せいじゃないの?」って思う人もいるかも知れない。
でも、私から見ると、彼女達二人は他人からどう思われるかに、縛られている気がするのだ。
ミランダは「時間のある専業主婦とは違うのよ!」という感じで、いわゆる暇な専業主婦というステレオタイプの女性像に対する、大きな拒否反応が大きなモチベーションになって仕事にエネルギーを注いでいる感じがする。
「私は他の女とは違うのよ!男と肩並べて仕事出来るのよ!」
っていう、ネガティブな感情が元にある、生き方。
キャリーも然り。
キャリーの場合は「結婚はこうあるべき」「本当の愛はこうあるべき」という固定観念に縛られているから、肝心な相手を見失うのだ。相手の精一杯が、見えないのだ。
もちろん、可愛い花嫁さんが子供の頃からの夢、なんていう女性もいるだろうけれど、それならばシャーロットのように、素直にそれが自分の生き方だと信じて、信じ抜けば良いのだ。
シャーロットやサマンサは、これまでの人生で傷ついてないわけは無いのだけれど、乗り越えて自分の人生を素直に生きていると思う。
こんな風に4人の違うケースを、まあ、ドラマ、映画とは言え比べる事が出来るのは楽しい。
言動の裏にある傷ついた感情が、見えるから、たまに苦しくなるけれど。
自分を駆り立てる元になっているエネルギーが、「嫉妬」や「見返してやる」というネガティブな物のうちは、やっぱりどんなに頑張っても、本当に幸せにはなれないんじゃないかな。
形にとらわれず、自分の心に素直に生きて行ければ、どんな形であれ幸せになれるじゃないかなって、思う。
ううっ胸に込み上げて来るシーンもあったけれど、
「I knew you would do that!!! I knew!!!」
ってキャリーが取り乱す所で一番最初に思ったのは
「ああ、心のどこかで信じてなかったんだ。そりゃダメだよ」
だった。
引き寄せの法則(laws of attraction)では、思っている事は全て現実になるという事だし、キャリーが自分一人で自分の事ばかりに浮かれていた時点で、彼女は一人歩きしていたと思う。
そしてミランダも自分の仕事、自分の時間ばかりで、思いやりに欠けていた。
そして私が思うのは、二人とも自分の人生を生きていない気がするという事。
「え?めちゃくちゃ自分中心の人せいじゃないの?」って思う人もいるかも知れない。
でも、私から見ると、彼女達二人は他人からどう思われるかに、縛られている気がするのだ。
ミランダは「時間のある専業主婦とは違うのよ!」という感じで、いわゆる暇な専業主婦というステレオタイプの女性像に対する、大きな拒否反応が大きなモチベーションになって仕事にエネルギーを注いでいる感じがする。
「私は他の女とは違うのよ!男と肩並べて仕事出来るのよ!」
っていう、ネガティブな感情が元にある、生き方。
キャリーも然り。
キャリーの場合は「結婚はこうあるべき」「本当の愛はこうあるべき」という固定観念に縛られているから、肝心な相手を見失うのだ。相手の精一杯が、見えないのだ。
もちろん、可愛い花嫁さんが子供の頃からの夢、なんていう女性もいるだろうけれど、それならばシャーロットのように、素直にそれが自分の生き方だと信じて、信じ抜けば良いのだ。
シャーロットやサマンサは、これまでの人生で傷ついてないわけは無いのだけれど、乗り越えて自分の人生を素直に生きていると思う。
こんな風に4人の違うケースを、まあ、ドラマ、映画とは言え比べる事が出来るのは楽しい。
言動の裏にある傷ついた感情が、見えるから、たまに苦しくなるけれど。
自分を駆り立てる元になっているエネルギーが、「嫉妬」や「見返してやる」というネガティブな物のうちは、やっぱりどんなに頑張っても、本当に幸せにはなれないんじゃないかな。
形にとらわれず、自分の心に素直に生きて行ければ、どんな形であれ幸せになれるじゃないかなって、思う。