昨日、ある人と親子の関係について話をしていて
「私の母は、私の事を褒めてくれない。”誰々さんが褒めてたよ”って言う事はあるけれど、直接”よく頑張ってるね”とか”すごいね”って褒めてくれない」
なんて言ったら、
「日本人は、特に親子だと褒めるのは難しいものよ」
と言われた。
その方も私よりは若いけれどお嬢さんがいて、
「もっと褒めてあげれば良かったんだけれど、親の期待として”もっと頑張って欲しい”っていう気持ちもあるから」
とおっしゃっていた。
それから、腐れ縁の彼とお喋りしていて、本命君との関係が戻りそうだ(まだ直接は会ってないけれど)とか、ニューハンプシャーの人とはお互い引っ越す気も無いから遠距離で、きちんとした付き合いにはならないだろう、とか話していたら
「どうして君はそうやって”うまく行かない理由”ばかり言うんだ?そのくせに本命君とはろくでもない男なのに全て正当化して、止めない。」
って言われた。
ニューハンプシャーの人は、写真ではカッコいいし、誠実そうだし、会ってみたら気が合うかも知れないし、でも、会う前から幻想で恋に落ちないために、”距離”という現実、彼は子供もいるし、家も土地も買って、そこでの生活を捨てる気はないだろうし、私だってNYを離れる気はさらさらない。
たまに遊びに行くのは気晴らしになるだろうし、長距離でお互いにうまくやって行けるなら、そういう付き合いがあっても良いと思うし。
別に、ネガティブな事ばかりを言ってるつもりも無いし、可能性を否定してもいない。現実を見てるだけなのに。
それから、本命君の事は、嬉しい事よりも、辛い事を腐れ縁の彼には聞いてもらってるから、本命君の存在が私にとってどれくらいポジティブなものなのかも、彼には分からないのかも知れない。
文句ばかり言う人、ネガティブな事ばかり言う人の話は、正直聞きたくないと言うのも理解出来る。
でも、物の見方がネガティブなのではなくて、嬉しい事ハッピーな事を「わざわざ」人に聞いてもらう必要も無い、と言うか、頭の中でその嬉しいシーンや言葉をリピート再生して一人でニンマリして、そこには「あ、○○さんに聞いてもらおう!」っていう意識が入る余地がないから、話さないだけ。
でも、人はその人が発する言葉しか理解出来ない。特に、直接あって表情を見る事が無いのならばなおさら。
だから、私は腐れ縁の彼に「ネガティブな事ばかり言う」「うまく行かない理由ばかりを言う」なんて言われちゃうんだ。
そして昨日書いた褒め言葉の記事でいただいたコメントに、
「なぜ私の気持ちが十分に伝わらないのか、なぜか「文句ばかり言う」といわれるのか。考えてみたら、褒め下手なんだなと気づきました!
褒めてもらいたい心は人より強いのに。まずは自分も相手を褒めることから始めないとダメですね。」
というのがあって、頭に
!
そう言えば、私も人の事全然褒めてないかも。
感謝の気持ちは一杯表現している。「あなたは最高に優しい」とか「あなた無しではここまで来れなかった」とか。
でも、「あなたのこういう所はすごいと思う」とか「あなたのそう言う部分は尊敬出来る」とか、もっと一杯言ってもいいのかも。
特にアメリカ人に対しては、照れる必要も無いのかも。
そう言う分かを持っているんだもの。
本命君の事、今度からほめ殺ししてみよう。
そしたら、私の事も一杯褒めてくれるかな。(笑)
(不純な動機↑)
そりゃ、もっとこうして欲しいとか、もっとこうだったら良いとか、期待や希望はあるけれど、今の現状の中で見つけられる良い事をもっと一人でニンマリしてないで人にも伝えれば良いのかも。そして、そう言う気持ちにさせてくれる相手にも、それを伝えて。
褒める。
慣れてないと難しいけれど、これも訓練だ。
頑張ろう。
「私の母は、私の事を褒めてくれない。”誰々さんが褒めてたよ”って言う事はあるけれど、直接”よく頑張ってるね”とか”すごいね”って褒めてくれない」
なんて言ったら、
「日本人は、特に親子だと褒めるのは難しいものよ」
と言われた。
その方も私よりは若いけれどお嬢さんがいて、
「もっと褒めてあげれば良かったんだけれど、親の期待として”もっと頑張って欲しい”っていう気持ちもあるから」
とおっしゃっていた。
それから、腐れ縁の彼とお喋りしていて、本命君との関係が戻りそうだ(まだ直接は会ってないけれど)とか、ニューハンプシャーの人とはお互い引っ越す気も無いから遠距離で、きちんとした付き合いにはならないだろう、とか話していたら
「どうして君はそうやって”うまく行かない理由”ばかり言うんだ?そのくせに本命君とはろくでもない男なのに全て正当化して、止めない。」
って言われた。
ニューハンプシャーの人は、写真ではカッコいいし、誠実そうだし、会ってみたら気が合うかも知れないし、でも、会う前から幻想で恋に落ちないために、”距離”という現実、彼は子供もいるし、家も土地も買って、そこでの生活を捨てる気はないだろうし、私だってNYを離れる気はさらさらない。
たまに遊びに行くのは気晴らしになるだろうし、長距離でお互いにうまくやって行けるなら、そういう付き合いがあっても良いと思うし。
別に、ネガティブな事ばかりを言ってるつもりも無いし、可能性を否定してもいない。現実を見てるだけなのに。
それから、本命君の事は、嬉しい事よりも、辛い事を腐れ縁の彼には聞いてもらってるから、本命君の存在が私にとってどれくらいポジティブなものなのかも、彼には分からないのかも知れない。
文句ばかり言う人、ネガティブな事ばかり言う人の話は、正直聞きたくないと言うのも理解出来る。
でも、物の見方がネガティブなのではなくて、嬉しい事ハッピーな事を「わざわざ」人に聞いてもらう必要も無い、と言うか、頭の中でその嬉しいシーンや言葉をリピート再生して一人でニンマリして、そこには「あ、○○さんに聞いてもらおう!」っていう意識が入る余地がないから、話さないだけ。
でも、人はその人が発する言葉しか理解出来ない。特に、直接あって表情を見る事が無いのならばなおさら。
だから、私は腐れ縁の彼に「ネガティブな事ばかり言う」「うまく行かない理由ばかりを言う」なんて言われちゃうんだ。
そして昨日書いた褒め言葉の記事でいただいたコメントに、
「なぜ私の気持ちが十分に伝わらないのか、なぜか「文句ばかり言う」といわれるのか。考えてみたら、褒め下手なんだなと気づきました!
褒めてもらいたい心は人より強いのに。まずは自分も相手を褒めることから始めないとダメですね。」
というのがあって、頭に
!そう言えば、私も人の事全然褒めてないかも。
感謝の気持ちは一杯表現している。「あなたは最高に優しい」とか「あなた無しではここまで来れなかった」とか。
でも、「あなたのこういう所はすごいと思う」とか「あなたのそう言う部分は尊敬出来る」とか、もっと一杯言ってもいいのかも。
特にアメリカ人に対しては、照れる必要も無いのかも。
そう言う分かを持っているんだもの。
本命君の事、今度からほめ殺ししてみよう。
そしたら、私の事も一杯褒めてくれるかな。(笑)
(不純な動機↑)
そりゃ、もっとこうして欲しいとか、もっとこうだったら良いとか、期待や希望はあるけれど、今の現状の中で見つけられる良い事をもっと一人でニンマリしてないで人にも伝えれば良いのかも。そして、そう言う気持ちにさせてくれる相手にも、それを伝えて。
褒める。
慣れてないと難しいけれど、これも訓練だ。
頑張ろう。