ああ、もうめっちゃ連続して書いてますが。(笑)

愛を注いでも相手から返って来ないと、自分の中の愛が枯れると書いた事について、今考え直している。

一生懸命に愛して、それなのにその愛を垂れ流しにされて、自分の中の愛が枯れた経験から、そう書いたのだけれど、今考えると、多分私は、(当時の)彼から認めてもらいたかったのだと思う。

こんなに愛してるのよ。

分かって。

ね、愛されるって幸せな気分でしょ?どう?

そんな風に、自分が「愛している事」を認めて、受け止めて欲しかったんだと思う。

だから、それが垂れ流されて、彼の中に何も残せなかった事が、私の中で愛が枯れる感じとして私の存在を蝕んだのだと思う。



彼を変える事が出来なくても、彼の中に何かを残せなくても、純粋に彼を愛していたら多分、愛が枯れるという感覚にはならないのかもしれない。



どうだろう?


今の私なら、出来るかもしれない。


もちろん、相手は本命君だけれど。


別にいいじゃない、彼が他の人を好きでも。

別にいいじゃない、彼が私を見ていなくても。

私は、自分のままで、自分の愛を表現すればいい。




そういうことが、出来るかな。

きっと、出来そうな気がする。




相手が迷惑だとか、相手が引くとか、そんな事を気にしているうちは多分相手の気持ちを自分に向けさせたいだけの、自己愛。

彼がどこを向こうが、どこへ行こうが、私が思う気持ちがこの胸の中にある限り、それを表現すればいいだけ。

ただ、好きだと、伝え続ければいい。

もちろん、依存や執着とは違う。私の人生、彼が全てではない。私には私の人生があるから。


そして、彼を好きだという気持ちも、私の人生の一部としてちゃんと表現していけばいいだけ。

うん、きっと、そういうことだ。