とても誤解を招きそうなテーマなのだけれど、この考えが一般に当てはまるかというと、それは人それぞれなので、あくまでも、私の人生、経験からの発言だと理解して欲しい。

今日本命君が

「欲求不満なんだけれど、1時間くらい時間ある?」

とテキストメッセージを送ってきた。

私は

「どうして新しい女を呼ばないの?」

と返事をしたら

「それは、ノーと言うこと?」

と来たから

「あなたが、私と寝るのはリスペクトしてない事になるって言ったんじゃなかったけ?」

と嫌みを込めて返事をしたら

「じゃあ、いいよ」

と彼は引き下がった。


彼が何を考えてるかは、知らないし、分かろうともしない。

でも、私も彼が欲しかった事は確かで、今他に誰か大切な人がいるわけでもなく、彼と寝る事が悪い事だとは思えなかったから

「今からおいでよ。」

と返事をしたらしばらくして

「もう、処理したから。また今度ね」

と返事が来た。




また今度があるかどうかなんて分からない。

でも、自分勝手に生きるって、相手がどう思うかを恐れて生きるより、よっぽど自由で、解放されている感じがする。

一個前のブログで、拒否や拒絶に対する心の対処は、自分のエゴとの戦いだと書いた。

つまり、こちらがどんなに自分勝手な事をしても、相手の処理能力が高ければ、相手は傷つかない。

もちろん、「常識的に」自分勝手はいけないとされている。小学校や中学で叩き込まれる。

そして、いつしか私たちは「正しい事」と自分が自分らしく生きる事の区別がつかなくなってしまっている気がする。


例えば、カジュアルな関係を沢山の人と持つと「ヤリマン」だの「あばずれ」だのと批判される。

でも、ある程度精神的に成熟した大人が、自分の判断で生きる事を楽しむ一部としてセックスに関してもオープンであるならば、「社会が推奨する」関係でなくても、関係ない気がする。

そして、批判されようが、自分の「心地よい事」をクリアーに認識してる本人にとって、社会の常識はあまり意味がない気がする。

私は、まだそこまで吹っ切れてないのかも知れないけれど、だんだんと自由になりつつある自分を実感している。

それは、心が昔ほど大きく乱れなくなった事。

心がすぐに静寂を取り戻す。

それは、自分の心の声に正直に行動していて、その行動に責任をもっているから。

誰のせいにもしない。

自分勝手に生きるって、そういうことかなって、思う。