私は末っ子で、たった一人の女の子だったせいか、甘えん坊である。

でも、そう言うのを前面に出して、育ってきたとは思わない。

人には「弟とか、いそう」と言われるくらい、表面では姉御肌だったり、しっかりしていたりするからだ。

それにどちらかと言うと、自分勝手ではない程度に好き勝手に生きてきた。

けれど、それでも、なぜか

「認められてない」「自由じゃない」

という思いがある。

なぜなのか、分からない。


私は新しい人と知り合う時、その人が自立した強いしっかりした人かどうか、考える。

そうでない人は、いつも何かにつけて人に頼ったりしようとして、だんだん鬱陶しくなってくるから。

だけれど、私だってかなり「人に頼る甘えん坊」である。

腐れ縁の彼や、ジョン、女友達に話を聞いてもらって、結構面倒くさいだろうなと思うくらい、自分が弱っている時は、人の優しさや助けを求めてしまう。

そして、大抵の人は、普段の私の「強さ」を知っているせいか、「弱い」私を受け入れる事が出来ないのか、それとも、ただ単に、私の頼り方が行き過ぎだからなのか、

私を突き放す。


そいう事が今までの人生で何度もあった。

その度に

「私は人に頼ってはいけないんだ。私にはそれは許されないんだ」

と寂しい思いをしてきた。



「一生友達だから」

なんて言ってた女友達があっという間に私の人生から姿を消した。

何があったのか分からないけれど、音信不通になり、それで終わり。



私はやっぱり人に頼ってはいけないのか。




そうやって傷ついてきた私は、人が私に頼って来ようとした時、同じように突き放す。

どうして人に優しく出来ないのだろう、と考えてみたのだけれど、それは

「私が辛い時に誰も助けてくれないのに、どうしてあなたは私に甘えてくるの。あなたも私も人に頼っちゃいけないのよ。」

という、「自分が得られないんだから、あなたにはあげない」的な心理があるような気が、しないでもない。



私が人に優しく出来ないのは、私が甘えん坊で、それなのにそれを満たしてくれる人が今までにいなくて、辛かったからなのかもしれない。

母親との関係なんかも、その一部であると、思える。



そりゃ、誰だって何処かで甘えたりする部分があるだろうし、それはそれほど大きな問題ではないのかもしれないけれど、受け止めようとする側からすると、かなりのエネルギーを消費させられてしまう場合があるのだろう。

親から受けられなかったものを、他人が「好きだから」という理由であげようとしても、多分、無理だろう。

それこそ、一生をかけてあげ続けなければならない。

だから、問題は、親とのその関係の認識と、そこからの解放。



それが出来たら、私は多分本当に強く、自立した人間になれる気がする。


そしたら、きっと、もっと人を優しく受け止める事が出来るようになる気がする。


そうだといいのだけれど。