私は出来のいい子供だった。

なんて、もっと出来のいい人から見たら、「何言ってんの、その程度で」と笑われそうだけれど。(苦笑)

でも、勉強は嫌いだったから、中学、高校でどんどんと学校の成績は落ちていった。


私は学問における「努力」が嫌いだった。

でも、凝り性で何でもやりたがりだった。(今でもあまりそれは変わってないけど^^) 

男兄弟がいるせいか、男友達も多くて、女の子と遊ぶより男の子達と遊ぶのが好きだった。女の子の友達も、活発でボーイッシュな子が多かった。


そんな私は、「か弱い女の子」の気持ちがわからなかった。

きちんと毎日勉強する子の気持ちがわからなかった。

器用で割と何でも並かそれ以上にこなせてしまうから、「不器用な人」の気持ちがわからない。

幼稚園の頃から「好きな男の子」がいた私は(笑)小学校4、5年の時にクラスメートの子が「好きな人?うーん、いないなー」と言った時「彼女は隠しているんだ」と思って「好きな人がいないなんてあり得ない」と思っていた。(苦笑)





人は、自分の人生と違う人生を送っている人の事を、わからない。

でも、分からないという事を認識して、さらに「そう言う人生があるんだ」と受け止めるだけでいいのだと思う。




Dr.Philは(アメリカの精神科医、テレビ番組のホストもしてます)、

You tell people how to treat you

と、よく言っている。

これは、自分をどう見せるか、どう表現するかで、相手にどんな風に扱うかを教えている、という意味。

例えば、

「私は、昔からいじめられっこだったし。暗いからすぐに仲間はずれにされるし・・・」

と言っていたら、その人の事を「ああ、この人は明るくて友達の多い人だから遊びの時には絶対に誘おう!」とは思わないだろう。

例えば

「ああ、私は別に誰とでもセックス出来るのよ。セックスなんて対した事じゃないわ」

と言っていたら「ああ、彼女は僕に本気で、体を許してくれてるんだ」とは思わないだろう。



そう、だから、自分をどう見せるかは、とても大切だと言う事。


ただ、ここで私はさらに突っ込んで考えてみたい。



誰もが、見せ方を知ってるのだろうか?

誰もが、上手に器用に見せる事が出来るのだろうか?

もちろん、訓練の部分も多いと思う。

訓練しなければ、自然に出来る人もいるかも知れないけれど、一体どうしたらいいのか分からない人も一杯いるのだと思う。

そして、自分の見せ方が下手な人は、きっと、「どうして皆私の事を分かってくれないんだろう?」と思っているのだと思う。


頭では理解しているのに、どうすればいいのか、分からない事、ありますよね?


それから、逆に自分を良く見せるのが上手なだけで、はったりや嘘で生きてきた人もいるだろう。

そう言う人は、やっぱり得なのだろうけれど、そう言う人が不器用な人に向かって「何で出来ないの?こうよ、こう!」なんて言うのは、勉強ができる子が勉強のできない子に向かって「何でこんな簡単な問題が解けないの?」と言っているのと同様な気がする。

大抵の場合、自分の事を冷静に客観的に評価出来ていないのではないかと思う。

そもそも、人の評価は数字とかで表せるものではないし、相性のいい人にとっては「最高の友達」が相性の悪い人にとっては「おかしな人、変な人、ちょっとおかしい、痛い人」になり得る。

女性から見たらとても素敵かも知れないけれど男性から見たらいけ好かない女かも知れない。

自分をどこの世界に置くか、自分の軸はどこにあるのか、それを理解するのにも時間がかかると思う。

だから人は、迷い、不安になって、自分を見失ったりしながらも、道を探し続けるのだろう。



ちょっと話はそれるけれど、普段から自分に自信を持って、誇りを持って生きてきたけれど、ある時期、男に対してものすごい怒りと嫌悪感を持っていた時期があった。

その時は、出会う男達全てがろくでもない男で、セックスをしたらそれでその後連絡が途絶えることがあった。
その時の私は「男なんてそんなもの」「どうせこいつらに私の価値なんて分からない」と思っていた。
でも、その言葉は「余裕」から出てきてる言葉ではなくて自分を守りたいための強がりだったり、助けて欲しいSOSの声だった。

誰かに「違うよ、そんな事無いよ」と否定して欲しかった。

でも、「君には幸せになって欲しい」と言う男でさえ「君はセクシーだから男がほしがるのも無理は無い。楽しんでおいで。それでその男を虜にしておいで」とアドバイスをくれた。

私に幸せになって欲しいと思う男のアドバイスが、これだ。



今は、この男にも問題があると思うし、私が自分を見失っていな時なら、こんなアドバイスも「あはは、そうね、考えておくわ」くらいで流せたのかも知れない。
でもその時は、誰かに自分の中の男に対する否定的な想いが傷ついた心からのSOSだと分かって欲しくて、私を受け止めてくれる人を捜していたから、ムキになって男達と寝まくった。「次こそは」と期待しながら。
そして、全ての男達は私の「テスト」に落ち、その度に私はがっかりして、希望をどんどんと失っていった。
やっぱり男達はやりたいだけだ。いくら口で「きちんとした付き合いを探している」「君は何か、特別な感じがする」「僕たちはきっとうまくいく」なんて言っていても、結果は同じだった。
男なんて口ばかりだ。

そんな風に思う自分が嫌で嫌で、アメリカにいるおかげで私もビッチになってしまった。と、情けない気持ちになっていた。



その自分が粉々になってしまったところから、自分のかけらを少しずつ集めて、一生懸命に元の自分を思い出しながら、今の自分に形を戻すまで、4、5年かかった。

底まで落ちないと、自分を変える事は難しいかも知れないけれど、底まで落ちなくて済むのなら、その手前で傷を癒して引き上げてくれる人がいるのなら、それはとても幸せな事。

そういう「救える人」になれればいいなと、思う。



いいのよ、どうせ分かり合えるとは思ってない。

ただ、怒りや嫌悪感は傷ついた心の悲鳴だという事だけ、知ってる。

分かり合えなくても、分かり合えない事を認めて、受け止めるだけでいいんだと思う。