またまた

落ち込み→考えモード

のパターンにはまっている。

考えモードのときは、本当に色々と答えの出ないことを考え始め、何かきっかけはないかと必死に探すのだけれど、なかなか出口は見つからない。

そもそも「幸せ」って何だ?

とか、女は男が居ないと幸せになれないのか?

とか、子供はやっぱり欲しいよな・・・とか

どうして寂しいと思うんだろう?

とか、必要な物は持ってるし、目指す目標もあるし、何がこんなに自分を寂しくてちっぽけに感じさせるんだろう?

とか。

もう、延々と、ぐるぐると、考えてしまう。

男はセックスの後分泌されるホルモンで、すぐにでも臨戦態勢に戻れるようになっているけれど、女はセックスの後は、母性というか、抱きしめたり愛しいと思う気持ちがあふれたりする。

腐れ縁の彼なんかは、女っぽいところがあるから、セックスの後おしゃべりしたり、いちゃいちゃしたりするのが好きだけれど、本命君はめっちゃ男っぽくて、セックスの後は、余韻を楽しむどころか、スパッと現実に戻る。

そんな、男っぽいのが好きなんだから、しょうがないね。







さて、考えモードのときは、ブログに吐き出そうにも、頭の中での議論の展開が速すぎて、書こうと思ったことを考えながらPC立ち上げてメールチェックしたら、もう他の事に議論の矛先が向いていたりして。

で、今、ちょっと落ち着いたから、書いてみる。



まず、惨めな思いをしているのは自分で、誰かが私を惨めな思いにさせている訳ではない、ということ。

物事は見方によって、ネガティブにもポジティブにもなる。

本命君が忙しくて連絡が途絶えていても、「もう終わりだわ・・・」と思うか、「あれ、そういえばしばらく連絡無いかも・・・まあ、そのうち連絡来るでしょう」と思いながら、他の楽しいことをして時間を過ごすか。


私が、越えなければいけない壁は

「愛されたい、必要とされたい」

と思うこと。


両方とも、相手に要求している。

愛されて、必要とされることで、自分の存在価値を感じることが出来るんだろうな。

でも、そうじゃなくて、本当はちゃんと愛されているし、見えてないだけで必要とされているのかも知れない。

大きな規模でいうと、「誰々に」愛されているとか、「誰々に」必要とされているということではなくて、「宇宙に」愛されていて「宇宙に」必要とされているから、ここに生を受け、存在しているのだと、そう言える。

じゃないと、沢山の偶然が重なって、父と母が生まれて、沢山の偶然が重なって二人が恋をして、沢山の偶然が重なって、一つの精子が卵子にたどり着いて、沢山の偶然が重なって、産まれた命が今ここまで育ってきたことが、説明つかない。


私は思った。

苦しい思いをしているのは何でだろう?

苦しいのは、愛してもらえないから?愛してくれる人を探せば、幸せになれるのか?

いや、私は愛したい。

愛したいのにその気持ちを押し殺さなきゃいけないことが辛いんだ。

「アイシテル」って言ったら、重たいと思われるかも、せっかくの楽しい関係が壊れるかもって、そういうことを考えて言えないでいるのが、辛いんだ。

別に、アイシテル気持ちを伝えるくらい、伝えたって構わないよね。

だって、同じ気持ちを私に返して欲しいなんて思ってないから。

ただ、この気持ちを押し殺しているのは、だんだん難しくなってきた。

平気なうちは、平気だった。



本命君と関係が始まってもうすぐ4ヶ月くらいだ。

Loveを口にするのはまだ早いかも知れない。

でも、一般的なタイミングとか、そんな事を気にしてたら始まらない。

ちゃんと伝えたいな。

伝えられるかな。



いつか、次ぎ会う時・・・・か、とにかく近々・・・。

もし、振られちゃっても大丈夫。今までだって、乗り越えてきたから。

そして、もし私の気持ち受け止めてくれたら、精一杯愛したい。



本命君、好きだよ。