生きることに、理由はいるのだろうか?
人は命を授かったときから、理由なくただ、本能として生きているのではないのかな。
その、理由のない人生に意味を持たせたいと願い、目標や夢を探したり、人を愛したり。
私の好きな言葉に
Things happen for reason
というのがある。
物事には意味がある。
私はいつもその意味を見つけたくて、じたばたするのだけれど、
その意味をもし見つけられなかったとしても、多分、人生においてそれほど問題ではないのかもしれない。
たとえば、物事が起こった、その後に意味を見出して、それを乗り越えて成長し、強く、優しくなって、次のステップに進むことは素晴らしい事。
でも、その意味を見出せずに、自分自身何も変わらずに、そのまま年をとっても、本人は「成長したら違っていた人生」を知ることもなく、比べることもない。 その代わり、同じような物事がいつも周りで起こるのだけれどね。(苦笑) でも、成長しないから、いつも同じことが周りで起こって、その度に「人生とはこんなもの」と自分の人生を決めて、そこで定着するのは、悪いことなのかな?
(個人的には私はこういう生き方はすごく嫌いなのだけれど、多分、楽なのではないかなと思う・・・。)
昨夜、ベッドに入りながらフッと考えた。
「こんな母国語が通じないところで、文化も価値観も違う人たちの中で、どうしてこんなにエネルギーを使ってまで、住み着いているんだろう? もし日本に帰ったら、とにかく何かバイトでもして、今の仕事を続けながらでも、私を理解してくれる日本人男性とそれなりに結婚して、子供生んで・・・・。そんな人生、みんなやってることなのに、私はここで一人、何、踏ん張ってるんだろう?」
なんて。
ちょっと疲れ気味のときは、こういう考えがフッとよぎる。
別に何か嫌な事があったわけでも、疲れるようなことがあったわけでもない。
まあ、特別に疲れるようなことがあったわけではないけれど、たまに息切れする感じは、たま~にある。
PMSかな。
アロマ炊いて仕事しよう。
人生に意味を見いだせなくても、多分、大丈夫。
私がここにいる理由も、今は分からなくても、構わない。
今、目の前にあることを、ひとつずつ、感謝しながら消化していこう。