皆生きているなかで、「私はこの人たちとは違う、一緒にしないで欲しい」って思う事、どれくらいあるのだろうか。


恥を忍んで、打ち明けると、私はずっと自分は特別だと思っていた。


やりたいことが若いうちからわりとはっきりしていて、そこへ向かうための努力も、それなりにしてきた。


NYには単身で、知り合いもいない、英語も高校で習った程度で、来た。そもそも海外旅行に興味がなかったし、NY(アメリカ)に興味があった訳でもない。


海外旅行にも行ったことのない私の、初めての一人暮らしが、NYだった。


やりたいことをするための、ちょうどいい環境(学校)がたまたまNYにあったから来た。


「誰も知り合いとかいないのに、すごいね。」


「度胸があるね」


そんな風に言われたけれど、いざ来て見たら、そんな人はゴロゴロいるのだ。


「何だ、全然特別じゃないじゃん」


ちょっとそんな風に思って「ちぇっ」って思ったけれど(苦笑)、その中でもまた蓋を開けると「夢を持って頑張ってる」とは名ばかりの、毎日の生活に追われ目標を見失っている人もゴロゴロいる。


そして私はまた思った。


「私も留学生だけれど、あの人たちとは違う。私は目的があって、そのために今やるべきことをやっている」


そして、私の分野で取れる労働ビザは難しいとされているけれど、ある友人が取った時、他の友人が「あのビザって、そんなに簡単に取れるもんなの?」と言っているのを聞いた。(彼女でも取れるほど簡単なの、と言う意味)


どうして素直に「へえ、すごいね。じゃあ、私も頑張って取らなきゃ」って言えないんだろうって、思った。


私もそのビザを取ったけれど、簡単ではなかったし、でも、やる事やってればそんなに難しいビザでもないと思う。

でも、「ええ~、あの人でも取れるなら、私だって」と簡単に思われるのは、やっぱりどうも釈然としない。


そう思う人がどれだけ頑張っているか、全部把握しているわけではないけれど、それでも「ああ、そんな風に私の活動を見下されてたんだな、ずっと」という思いが頭をよぎる。



あと、それ以外でも、情報を知っていても教えたがらないとか、そういう人もいた。


こっちは、情報を共有して、一緒に頑張ろうと思って教えてあげたりしてても、相手の子は自分の成功を、その方法を言いたがらなかった。


なんで、こう、足を引っ張ろうとしたり、人をさげすんだり、人を利用したり、するんだろう。


もちろん、ちゃんと情報を教えてくれて、「お互い、頑張ろうね」って言ってる子もいるから、個人の性格の問題かもしれないけれど。


何だか、世知辛いなあって思った。


どうしてそんな風になっちゃうのかなあって。



母親に言わせると、私なんかはものすごくビジネスライクに物を考えて、ちっとも優しくないと言われるけれど、私より冷たい人って一杯いると思う。


ビジネスって、知っている情報の量で差がつくっていう部分が大きいと思う。


でも、私は、「私が知ってるくらいだから、誰でも知ってるだろう」と思っているから、私の情報って、あまり自分にとってはそれ程秘密にしなきゃいけないほど、しがみつきたいものでもない。


特に今の時代、情報なんてどんどん古くなる。


自信がないと焦るのかな?



自分は特別と思う、それって、やっぱり人間できてないから?


でも、自分はオンリーワンって思うのは、いけないことではないのでしょう?


その辺りのバランスって、なんか難しいのかも。


要は、自分も他人も、みんな、みんな特別でオンリーワンなんだけれども。


「自分」と「その他の人」っていう括りがいけないのかな。


でも、自分以外はやっぱり「その他の人」であって、自分には知る由もない部分てかなり大きい。



う~ん、ごちゃごちゃしてきた・・・・。


今日は結論なしで、終わりにします。(苦笑)