自由に生きたいと願いながら、自分を解き放つ事がなかなか難しい。
どこかできちんと律していないと、どんどんと、どこまでも落ちてゆく気がする。
落ちて行くとは・・・?
人の尊敬を失い、信用を失い、批判され、軽蔑される人間になること。
でも、人が人を裁くラインは人それぞれで、自分が思うほど他人は私の言動などに気を止めていないかもしれない。
私自身、よく人をジャッジしていた。
そして言い訳していた。
「だって、私は自分の行動に責任を持って、好き勝手にやってるわけではない。私は、自分の自由をある程度犠牲にして、社会と共存できるよう自分を律している。なのに、この人たちはなんて勝手なのだろう。なんて、浅はかで、自分を律する事が出来ない、意思の弱い人たちなのだろう」
と思っていた。
だから、その思いが自分にそのまま帰ってきて、
「こんな事をしたら、恥だ。こんな事は、誇りを持って人に言えない。こんな事をする私は、恥ずかしい人間だ。」
そんな思いから、避けてきたことは一杯ある。
でも、もし、誰も私を裁かないならば。
私はもっと自由に、心の赴くまま、生きることが出来たのかもしれない。
人には動物の本能が備わっている。
理屈じゃなくて、頭じゃなくて、心の赴くままに生きて、大きな間違いを起こす事ってあるのだろうか?
でも、確かに、人のジャッジメントを気にして、生きてきた事で、身を守れたと言う事はあるかも知れない。
う~ん・・・例を挙げようと考えてみたけれど、特に思いつかないけど・・・。
人のジャッジメントを気にして、傷ついてきた事は一杯ある。
自分を自由に解き放とうとして、それを認めてくれると思っていた相手に、自由な自分の姿を見せた時に、ジャッジされて、がっかりされたり、軽蔑されたり。
人は人を裁くもの。
多分、これはそうそう変わるものではないと思う。そういう社会に我々は生きている。
でも、自分は人を裁かないようになりたい。
自分自身を自由に解き放つために。