日本にいた時に、友達に気付かされた事があります。
女同士で食事をしていたときに、友達が何気に私の分をお皿に取り分けてくれたのです。
私は、大学の時から、「女だから人の分を取り分けるなんて、ナンセンス。自分が欲しい分だけ、欲しい人が取ればいい」と、合コンなどでもお酒を注いだりもしませんでした。
かいがいしくそうしている女性をみても、特別に嫌な気持ちとか、いいとか思わなかったけれど、自分はしないと決めていました。
そして、そうして来た今、人の分をお皿に取り分ける事に、気が付きもしない自分になっていました。
友達が取り分けてくれた時、なんて優しいんだろう、なんて素敵な気遣いなんだろう、と感動してしまいました。
別に、彼女は私に媚びるなんて関係じゃないし、普通に何気なくしてくれたのですが、わあ、自分が男だったらこんな彼女が欲しいな、こんな人と結婚したいなと思いました。
話はちょっとそれますが、アメリカのトイレは汚いです。(苦笑)
音姫なんてものもないので、皆さん、豪快に音を気にせず用を足しています。
それに慣れると、「だって、生理現象なんから。別に昔のアイドルみたいにトイレには行きませんなんて顔する必要はない。」という感覚が身についてきて、日本に帰ってきてから、自分がそんな事に慣れてしまっている事に気が付かされます。
日本の女性の、細やかな気遣い、マナー、優しさ、そんなものを私はどこかで捨てて来ていたようです。
相手に媚びるのではない、気が付いて、いいと思う事を人にしてあげる、そういうものを日本人女性として、忘れてはいけないなと思うようになって来ています。
日本人女性だからと、かいがいしく世話をする事を期待されるのは確かに腹が立つけれど、自分が気が付いて、したいと思うならば、すればいい、相手がどう思うかが問題ではないのではないかと、思い直すこの頃です。
でも、日本にいた時から、そういうものを放棄してきた私、今から身に着けるには、意識して努力しなければならないですね。(苦笑)