もうずいぶん前から子供たちの無気力が指摘されています。(他の国はあまり知りませんが、日本では顕著な気がします)


「かったる~い」「めんどくせ~」「何、懸命にやってんの?だっせ~」


なんて言葉聞くと悲しくなりますね。


この子達は何を考えて何を感じて生きてるんだろう?

友達関係だってやけにクールで、処世術みたいに本気でぶつかり合う事もなく”事なかれ主義”で周りに同調して・・・。心を開けるのは趣味で気の合うネット上の顔も知らない人。

もちろん、そんな子供ばかりじゃないとは思いますが・・・。


寂しくないわけがないと思うんだけど・・・・。


今、子供たちの周りに、熱く生きてる大人ってどれくらいいるのだろう・・・。

真剣に子供と向き合って、受け止めてあげられる大人ってどれくらいいるのだろう・・・。


子供たちが度肝を抜くほど「かっこいい生き方をしてる大人」ってどれくらいいるのだろう・・・。


目標とか夢がないと、人って成長しないですよね。


身近にいなくても文化人とか、まあ、ミュージシャンとかでもいいんだけど・・・、表面のかっこよさじゃなくて、かっこいい生き方、人として「すげ~」って思える大人、そんな「すげ~」に出会う事自体、あんまりないかもしれないけど、出会えたらその人の人生、変わるのになあ、と思います・・・。


生活の安定やお金を稼ぐ事が第一で夢を諦めてしまう若者がいるかと思えば、子供に夢を追って欲しいと、子供が右も左も分からないうちからどんどん子供につぎ込む親がいたり、なんだか相互の思惑が微妙に合っていない、方向性がずれているという感じがしています。


もっと沢山の大人たちが一生懸命、熱く生きてたら、そういう姿を見て、子供たちも目標を見つける事が出来るんじゃないかな。


そうそう、私が子供(中学、高校くらいから)の頃にも、「必死に頑張ってる」というのがカッコ悪いという意識は確かにあったかも。

でも、必死に頑張ってるのがカッコ悪いのは失敗した時。

努力を見せないで成功してるのが、かっこよく見えた。

でも、熱くなってないのにかっこよく見えたのは、「結果が出ていて、成功している」から。


例えば、一生懸命勉強してるのに試験でいい点が取れない子がと、「ちょっと、静かにしてよ!」って授業中うるさいのを注意した場合、「なんか、カッコ悪い。そんなに必死に勉強しても、むりむり」なんて。

で、いつもふざけてちゃらちゃらしてる子がちゃっかり上位キープとかしてると「かっこいい」


だから、本当はちゃらちゃらしてて、冷めているからカッコいいのではなくて、ちゃんと結果出してるからかっこいいんじゃないかな・・・。

大人になった今は、失敗しても失敗しても、くじけずに戦い続ける、自分の信じている道を前向きに進んでいる人がかっこいいと思うんですけどね。

でも、失敗しても、失敗してもというのは、やっぱり立ち上げる強さを表しているし、そういう姿が「この人はもしかして成功までこぎつけるかも知れないぞ」と期待を持つ事が出来るからかなって思いますね。つまり、見ている側、応援している側も、一緒に夢を見る事が出来るから。


でも、失敗しても失敗しても諦めずに続けるって、並大抵のタフさじゃないですよね。


子供にはそれがどれくらいのものかは、挫折の経験が少なかったり、挫折をを味わっていなければなかなか分かりにくいかも。

そもそも挫折って、「努力したものが報われなかった」ことをいうから、努力していなければ挫折とは言わないですね。


でも、そんな挫折を含めて、「負けない生き様」を見せてあげられる大人がいなかったら、子供たちだって「そういう生き方もある」ってことが分からないですよね。


いい年してみっともないとか、馬鹿にする人は一杯いるかもしれないけど、アメリカに来て本当いいなと思うのは(個々には同じように足を引っ張る、挑戦をリスクだと思う人はいますが)、社会が大人の挑戦を応援してくれて、そういう場が沢山あるということ。


そもそも足を引っ張る人は、努力の出来ない人や夢を諦めた人。あなたの敵ではありません。

本当の敵は、周りの目によって自分を曲げてしまう自分の弱さ。


もし、貴方が熱く生きる生き方を見せてあげたら、そんな足を引っ張る人たちも、ちょっと昔諦めた夢に再チャレンジしたいと思うようになるかも。

そして、そんな大人が増えたら、熱く血の通った、ポジティブな日本に変わっていくんじゃないでしょうか・・・。