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日米の図書館と戦闘機

最近NYの図書館を利用することが多く、この敷居の低い図書館に感謝する毎日である。本屋に売ってない過去のレアな文献が沢山あって、そこから色々なヒントをタダで貰えるので、こんなに有り難いことはない。本屋は比較的新しい本が多く、一冊20~30ドルと割高で、専門書に至っては100ドルなんていうのもよくある。そんな中、NYの図書館について書いた菅谷明子著の「未来を作る図書館」ーニューヨークからの報告ー 岩波新書 に出くわした。医療サービス情報の提供については若干反論があるものの、僕が何となく日米の図書館に対して持っているイメージを代弁してくれる書であった。

日本の図書館は蔵書数は多いものの、あるものを探すのに非常に時間がかかる。何か調べたい、知りたいと思ってもその前に著者名やタイトルを知らないとなかなか検索し難い。色々事前調査をしないと非常に使い難い。全員ではないが、司書も何となく上からものを言う感じで気軽に質問しにくい。敷居が結構高いのである。最近行ってないので状況は変わってるかもしれませんが。
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NYの公共図書館は、司書が気軽に相談にのってくれる。僕はしたことが無いけど、例えば、「日本から衣類を輸入するビジネスをしたい」といった漠然とした質問にも懇切丁寧に答えてくれるそうである。情報を効率良く探し出してくれるレファレンス機能が充実しており、「小澤征爾」と入力すると彼の著書、彼について書かれた批評、写真、コンサートのCDやDVDなども簡単に調べられる。活字媒体だけではなく、映像や音声の媒体も一斉に検索してくれるそうである。
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以前、本当がどうかわからないが、第二次世界大戦の時の日本の戦闘機と米国の戦闘機の違いを誰かから聞いたことがある。当時の日本の戦闘機を操縦するには相当の訓練が必要であり、能力の高い人以外操縦が難しかったそうである。一方、当時の米国の戦闘機は誰でも一定以上の能力があるひとには操縦が可能であったそうである。

両者に一長一短はあるものの、間口を広くする米国、間口を狭くする日本という構図が現在では図書館の利用を比べてみても浮き彫りとなり、文化土壌というのはなかなか変わらないものだとつくづく思った。以前はセレクティブな敷居の高い日本の図書館が好きであったが、現在の僕はあんまりセレクティブでない米国の図書館の方が好きである。