※この物語はフィクションです。
停止していた体内時計が再び動き始めた。
眼は瞼を閉じたまま、外部のどこからか発せられる光を取り込む。鼻と肺は呼吸を始め、マイナスイオンのような、爽やかな風のにおいを感じる。耳からはどこからともなく小鳥のさえずりが聴こえてくる。肌は触角を取り戻し、冷たい風がからだ全体を撫でる。背中の感覚からして、俺はどうやら仰向けで寝ているらしい。
指先を少し動かした。ガサガサとした、くすぐったくて、やわらかい、植物の感触。どういうことか、俺は今、外で寝ているようだ。
重たい瞼をゆっくりと開く。突然、強烈な光が網膜に飛び込み、反射的に目を閉じる。俺は右手をゆっくりと上げ、目の前にかざした。少しばかり影ができたので、ふたたびゆっくりと瞼を持ち上げる。
やはり、俺の網膜を襲った光の光源は、空の有頂天に堂々と浮遊する太陽と思われる物体であった。時々、小鳥の群れ
が通過し、小さなシルエットが映る。
俺は眩しい太陽に照らされながら、ゆっくりと体を起こした。周囲は何処を見渡しても一面樹であり、地面は雑草で茂っていた。俺は森の中で眠っていたらしい。
――なんでこんなところで寝てたんだろうか。
俺には、学校帰りの河川敷で横になって昼寝をするなどと言う、学園ドラマでベタな青春じみた趣味など無い。それにここは森の中であり、なおかつ太陽の位置的には昼時だ。普通に考えてあり得ない。
自分から望んで森の中で昼寝とは考えられないなら、俺は何故ここにいるのだろうか。何か薬品で眠らされ、何者かによってここまで運ばれたのか。森に入ったはいいが遭難して力尽きたのか。
――いや、そうではない。俺は死んだんだ。
だが、詳しく事故当時の状況を思い出そうとすると、急激に頭が痛みだす。まるで、頭と体がフラッシュバックを望んでいないかのようだった。そういえば、親戚が交通事故に遭った時、事故当時の状況を覚えていなかったと言っていたのは、おそらくこういうことなのかもしれない。
そう思うと、根拠とは言い難いが妙に体が動かしづらく感じた。この森で目覚めて、指を動かした時、右手を持ち上げた時、少なからず頭で考えた時と実際に動かした時の間には妙なズレがあった。何というか、脳と運動神経の接続が鈍くなったかのようだった。事故で死んだなら体が麻痺しているのも無理はない。
だが、その仮説は同時に、俺がこの世に存在しているという点に関して矛盾を生んでいた。死んだんならその体は消滅するのではないか、仮にまだ存在していたとしても、こうも自由には動かせまい。霊体というようにも考えられるが、霊体にしては感覚が重い。
本当に死んだのかどうかは確証はない。それよりも先に、これからどうすべきかが先決だった。
俺は思考を止め、頭を押さえていた右手をそっと放した。その時、ふと自分の右手に違和感を感じた。そのまま自分の全身を一望し、驚く。
俺の体は、イエローの細いラインの入った黒に近いダークグレーのロングコートを纏っていた。内側は漆黒のシャツで、下半身はコートと同色のダークグレーのボトムスだった。俺は基本的にジャージやトレーニングウェアなど簡単な衣類を私服として使用している。こんな洒落たコートなど持っていない。
さらに驚いたのは、自分の髪の色だった。確かに俺はもともと茶髪で他の人と比べて色は明るかったかもしれないが、今の自分は最早明るいどころの騒ぎではない。まさしく、サラッサラの金髪であるのだ。
俺はその異様な変貌に思わず目を見張るが、自分のすぐ左側にはさらに驚くべき物体が横たわっていた。
銅色とも言えようブラウンの鞘に、一本の金色の棒が突き刺さっている。持ち手は美しい円を描き、先端には古代象形のような複雑な文様が描かれ、形作られている。鍔は半円盤のような金属が横向きに取り付けられており、鞘との間からはほのかに刃のようなものが煌めいている。
他でもない、≪剣≫だった。
自分の姿形もそうだったが、その黄金の剣にも見覚えがあった。ダークグレーのコートを纏い、黄金の剣を片手に巨大な魔物を斬り倒す金髪の少年。
――その姿は、かつて夢見た≪剣と魔法の世界≫での自分の姿にあまりに酷似していたのだ。