Sword of Leopard

Sword of Leopard

Shinnoの自作小説です

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※この物語はフィクションです。



 陽が傾き、遠い山脈の向こうで今にも消えようとしている。ウェストローザ大陸の迷宮林として知られるハースハビリア地区≪黒白の迷宮林≫もまた、夜を迎えようとしていた。

「あ――、完全に迷っちゃったね――」
 細剣士・ユリは樹木の隙間から覗く空を眺めながら、脱力感溢れる声で言った。ユリの隣で歩く槌使い・シルダはやれやれ、といった表情で返した。
「だから言っただろ、もっと早く出発しろって」
「だって折角のローザ=パークスなんだよ? そりゃあ仕事とはいえ観光地なんだからあっちこっち見て回りたいじゃない」
「それで帰り道に森で迷っちゃ元も子も無いだろ」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「先輩たちも心配してるだろうな」
「そうだよねぇ……」


 そうこうしているうちに陽は完全に山脈の向こう側に身を隠し、いよいよ本格的な夜が訪れようとしていた。現在時刻は七時を過ぎている頃合いだろうか、光源は太陽から月に切り替わり、フクロウや蝙蝠の鳴き声もしばしば聞こえ始めた。
 ユリとシルダが、ウェストローザ大陸の北西部に位置する≪中央都ローザ=パークス≫での依頼を完遂し、しばしの観光の後、出発したのは午後の二時頃だった。彼らのギルドが大陸の南岸に位置する≪自然都市ハルシオン≫にあるため、帰還するにはこれらの間にある≪黒白の迷宮林≫を約三時間ほどかけて通過せねばならない。

 日中、この森には基本的に下級魔剣士程度の容易く倒せるほどのモンスターしか出現しない。夜行性のモンスターも、準備を持って挑めば倒すのにそこまでの苦労はない。。
「なぁ、そろそろ≪魔獣≫が出てくるんじゃないか?」
 シルダの突然の台詞に、ユリは「ひっ」という謎の悲鳴とともに一歩後ろへ仰け反った。
 ユリの反応が思っていたよりも面白かったので、シルダは迷子の身であるにも関わらず、余裕な表情で笑いながら言った。
「冗談だよ。それにここの魔獣が出るのは深夜だから心配ないさ」
「……なんだ、脅かさないでよ」
「深夜になるまでに出られればの話だけどね」
 下級モンスターしか出現しないというのは、あくまで≪基本的に≫という意味である。それはすなわち、≪例外的に≫が存在するということだ。その例外こそが≪魔獣≫である。

 約一ヶ月ほど前の話だ。遥か昔から猛獣討伐クエストは進められていたのだが、ある日――すなわち約一ヶ月前――を境にクエストの難易度が急激に上がった。正しく言うならば生還率が下がった、とでも言うべきか。それと同時に、新種のモンスターが多数確認された。
 中央魔剣政府≪ILIAS≫は実態を知るために、新種の猛獣が出現する区域に調査兵を派遣した。しかし結果はあえなく全滅し、調査兵のリーダーだけがただ一人生き残って生還した。そのリーダーの報告によれば、なんと驚いたことに、その新種の猛獣らは我々魔剣士と同じ≪魔法≫を使うというのだ。このことは都市から地方まで全国的に報道され、各ギルドには確認済みの≪魔法を使う猛獣≫略して≪魔獣≫をリスト化した手配書が配布された。
 魔獣の強さにも個体差があり、下級魔剣士でもなんとかなる幼獣(ローグレード)型や、上級魔剣士と同等以上の(ハイグレード)型など、様々な個体が存在する。しかし、現在確認されている魔獣の九割がたはハイグレード型であるので、実質的にその討伐は上級クラスの魔剣士によって行われている。決して、ユリやシルダのような中級クラスに負えるようなものではない。
 また、出現した魔獣のほとんどは森や洞窟など、一定の場所に巣をつくる。現在知られている中で、この≪黒白の迷宮林≫に巣くった魔獣は≪ハースハビリア・ジ・イビルナイツオーク≫という名の哺乳鳥獣類の巨大コウモリである。
 魔獣の名称は≪生息地名・魔力定冠詞(THE)・固有名≫と定められており、この魔獣の第一発見者がイビルナイツオークなどという長ったらしい固有名を名づけたため、全体としてこうも長い名前になってしまった訳だ。

 先程が夜の七時過ぎだったので、現在は八時を回ろうとしている頃だろうか。イビルナイツオークの出現する時刻は夜の十時から二時の深夜帯であるので、今はその心配はない。
 ――あくまで、その時刻までにこの迷宮林を脱出できればの話だが。

 シルダは突然足を止めた。それに気づいたユリが同様に立ち止まる。
「どうし……」
 ……たの? と話すよりも早く、≪敵≫は二人の前に姿を現した。
 敵は月の光を遮るように、その黒い身体で二人を囲み覆う。夜まっただ中であるためにはっきりとは見えないが、それが飛行する生物であるのはわかった。丸っこい身体に、黒い翼を持った十センチほどの小動物だ。
「こりゃ、≪デッドリーバット≫の群れか!!」
「数が多くない……?」
 軽く見ただけでも百は間違いなく超えている。ハースハビリア地区に生息する夜行性のコウモリ≪デッドリーバット≫は通常、二十前後の群れで行動するため、百もいるとは珍しい。
「しょうがない、戦闘準備だ」
「わかった」
 シルダは胸の固定バンドを外し、背負っていた等身大のハンマーを自分の前に構えた。ユリも両腰に携えた長さの異なる二本の細剣を抜刀し、目の前に広がる無数のコウモリ群に向ける。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
「せああああああああああ!!!!」


 ――デッドリーバットの群れとの戦闘を開始してから、約三十分が経過した。
 退路を作ろうと剣やハンマーを振り回し続けたおかげで、シルダ、ユリはかなり疲労していた。途中、応戦するのに魔法を用いたため、体力のみならず魔力もかなり消耗している。
「何体やった……!?」
「二人で五百ってとこかな……」
「くそっ……何体いるんだよ……!!」
 未だ三十分前と変わらず、四方八方を覆うようにしてコウモリは無数に浮遊している。黒に黒が重なり、一匹一匹が周囲の景色に溶け込んでいるため、もはやどれが一個体なのかわかりやしない。
「多分、千は超えてるかも……」
「なんでこんなに数が……」
 前述したとおり、この≪黒白の迷宮林≫には朝昼晩と下級モンスターしか出現しない。この晩に出現する≪デットリーバット≫も個体ならば容易く倒せるのだが、何より今は数が多い。どんなに斬り倒しても、次々に仲間が呼び集まり、数が増えていく。キリが無いのだ。
「ちっ、もうポットも尽きたよ」
 シルダは飲み干した緑色の小瓶を投げ捨てた。
 地面には同様の小瓶が多数、デットリーバットの死骸と並んで転がっている。そもそもこれら≪回復ポット≫と呼ばれる薬液入りの小瓶は応急的なものであり、常に大量に常備しているものではない。シルダやユリにとっては、森に迷って無数のコウモリと戦闘するなど、思っても居なかったのだろう。回復ポットの補充を怠ったのだ。

――もう、無理だ。

 魔法はおろか、武器を振るうに値するだけの力はもう残されていなかった。回復ポットも尽き、脱出アイテム等も無い。


 その時だった。
 バァァァァァン、という強大な落雷音と同時に、視界がホワイトアウトした。反射的に目を閉じ、光が収まるのを待つ。
 多少の眩しさにこらえながら、ゆっくりと目を開く。まだ夜であるが、先程の光の影響で周囲は明るい。無数のデットリーバットは、一匹残らず、ピクピクと体を震わせながら地面に転がっていた。麻痺状態にでもなっているのだろうか。


 シルダとユリの前には、ダークグレーのコートを纏った、金髪の剣士が立っていた。