旅に出る楽しみの一つは、持っていく本を選ぶこと。

ここ数回持ち歩いては読まずに持ち帰ってミステリーを選んで鞄に入れた。

雑然と積み上げた書架の片隅にある『二十世紀旗手』(太宰治)が目に入った。何ヶ月に一回かそこに目がいって、何度もどんな話だったか思い出せず気になっていた。それももっていくことにした。

てにとって汚れたカバーをはずし、巻末をなにげなく見たら、へたくそな殴り書きで

『73.2.24 山形で買い、車中で読む。アア、ダザイはイヤダ! @(実際は私の姓の頭文字と一致するサイン)』

と書いてあった。

この本を読んだ記憶は全くない。

私が買って読まずに積んでおいたのだと思っていたのだけれど、実際には読んだのだろうか。字体は私のそれに似ているが、こんなふうに感想を本に書き込む習慣はあまりないので、書き込んだのが私かどうかも自信が持てない。

この時期に山形に出かけたかどうかも覚えていない。

別の機会にやはり車中で太宰の「桜桃」かなにかを読んで、結構新鮮な感想を持ったのを思い出した。それは、もう80年代に入っていたころだから、この書き込みの時とは全く時期が違うことは分かっている。


とりあえずこの旅で、もう一度太宰と少し出会ってみようと思った。