お久しぶりです。
楽しい夏休みをお過ごし中の皆様には申し訳ないですが少し重たい話を一つ。
『君の膵臓を食べたい』という住野よる作の小説の実写映画を見てきました。
原作は高3の頃に読みましたが、とても感動した。
それっきり原作は読んでなかったけど大体の流れは覚えていたくらいに印象的な物語だった。
人生で初めて、映画を見て泣いた。
改めて、すごく心に響いた。
というのも、昔から死ぬいうことにとても関心があるからこういう話はすごく心に響く。
関心があるという表現が正しいのかわからないが、いつも死に対して持つ感情は恐怖。
夜眠れないときには、ふと、もし大切なあの人が明日交通事故で死んだらとか、大震災が起こって自分も周りの人間も死んだらとか、そんなんことを考えてしまう。
そして、自分が死ぬということが実感できずに怖くなります。
今生きていて、これからも普通に生きて、人生を全う出来たとして、最後には死ぬ。
それはわかっていても、受け入れられない。
自分の感情とか意識とかが無くなってしまうということが想像できないし、それがとてつもなく怖い。
恐怖に押しつぶされそうになる。とにかく怖い。
『君の膵臓を食べたい』では、ヒロインの女の子が余命を宣告されて生きているんだけど、前向きに生きてる。
けれど、『本当は死ぬのがめちゃくちゃ怖い』と主人公に伝えるシーンがあって、とてもつらくなる。胸に刺さる。
結末として、そのヒロイン、咲良は通り魔に指されて死ぬ。
この結末がやっぱりどうしてもショッキングですごく心を揺さぶられる。
小説ってわかっててもその結末が受け入れがたい。苦しい。
死について考えさせられるこの小説は、すごく好きです。
単に感動するとか泣けるってだけじゃなくてね。
大切な人と、今この時間を大切に過ごしたいって心から思える。
もう一つ、俺のこの昔からの死に関する恐怖がきっかけで好きになったのがACIDMANです。間違いなく、今までもこれからも一番好きなバンド。
ACIDMANの音楽はどれも、生きることと死ぬこと、宇宙、博愛がテーマになっていて、生きる勇気をもらえる。何度助けられたことか。
vocalの大木は、1997年の結成以前、子供のころから死ぬことってどんなことか考えてきて、今もそういう歌を歌っているわけで、その強さに勇気をもらえる。
MCとか、曲中には、口癖のように「一分一秒を大切に」という言葉を口にするけれど、最近本当にその言葉の意味がよくわかる気がする。
前作、『有と無』では、死後の世界についても歌われていて、
武道館のライブでの涙ぐみながらのMCがとても印象的。
「悲しんで無念の思いで亡くなった人も、もしかしたらそこで笑って満たされてるかもしれない。
自分自身も死んだら、そこに行くのかもしれない。
そしたら死が少し、怖いものじゃなくなってきて
最期の死の瞬間でさえ、希望をもって死ねんのかなってそう思ってきています。
確立は二分の一。
有るか無いかなんて誰もわかんないんだから、俺はある方にかけて、残りの人生生きてみようかなと思います。」
この言葉に、いつも生きる勇気をもらえる。
希望をもって生きられるような気がしてくる。
死ぬということに対して、少し恐怖が和らぐ。
大切な人たちと、与えられた時間を、大切に過ごしたいと思える。
最後に、このMCの後に演奏された『最期の景色』という曲の歌詞の一部を載せておきます。
以上、やはり重たい話になりましたが俺の死についての考えでした。
どうかこれからも、俺の大切な人たちと一分一秒を大切に、生きて、過ごしていけますように。
『「いつかまた会えるよね また会えるよね」
手を振る君が遠くに消えて そんな景色の最期がいいな
だから そう笑って 最期は笑って
最期の声で愛を語るよ
想像越えるあの世界でまつよ』