日々神社ゆかりの神沢不動と段丘下のバイクトアイアル

 

相模原の友人と、相模原の歴史を探して歩いて来ました。

 

 

歴史のある日々神社

今年、正月に友人の案内で初詣した、相模原市緑区の「日々神社」

歴史のある立派な神社でした。

 

 

参拝が終わって、境内にあった由緒案内。

これによると、この近くに神社ゆかりの滝があるようだ。

 

地元の友人も詳細は分からないとの事。

その事が気になり帰宅後調べてみると、近くに「神沢」という地名の所があり、そこに神社があるようです。

 

そこで今回、友人と二人でその神社へ行って見ることに!

 

 

「日々神社」ゆかりの滝探し

出発地点は日々神社。

神社の駐車場から歩き始め、車道を東の方(相模川下流方面)へ歩いて10分程の所にローソンがあり、そこを右に曲がると、その道は河岸段丘を下って行く道に通じていた。

 

その坂は途中で大きくUターンして、更に下って行く。

 

 

道路際の木を伐採中!

坂道を下って行くと、工事中。

 

見ると高所作業車を使って、道に張り出して危ない木を伐採しているようだ。

この坂は「神沢坂」

この下には住居がある生活道路。

その道路に木の枝が大きく張り出し、道路に倒壊する危険があるので、伐採しているとの事。

 

それにしても、高く伸ばしたクレーンの上での作業。

見ている私も怖い程だ。

 

どのように伐採するのかな?と興味深々。

少し見ていたら、切る木をロープで縛り、縛った下側をカット。

切った木はロープで吊るされるので、下には落ちない。下の作業員も安全だ。その後ユックリロープを伸ばして枝を下ろしていた。

流石プロの技だね!拍手

 

交通整理のオジサンに誘導され、工事現場を無事通過して、坂を下ります。

 

 

神沢不動尊

工事現場を少し下った先にお不動様が見えて来た。

 

これが「神沢不動尊」

 

参道の階段両脇に池。

 

 

こちらが「神沢不動尊」

 

 

失礼して中を撮影。

友人と並んで、お参りさせて頂きました。お願い

 

 

滝つぼはどこかな~?

さて「日々神社」ゆかりの滝つぼは何処かな〜?

あちこち神社周辺を探して見たが、滝つぼらしきものは無い。

滝つぼではないが、神社右脇に清水が流れていた。

 

その右脇に階段。

階段上に祠。

下でお参りさせて頂きました。お願い

 

 

境内の六地蔵

境内の一角にお地蔵様。

6体あるから六地蔵だね。

 

六地蔵とは…

仏教では人間が死んだ後、生前の善行や悪行によって行く先が地獄、餓鬼(がき)、畜生、修羅、人間、天の六道(りくどう)に分かれるとされていますが、その分かれ道が「六道の辻」です。六地蔵はそれら六道における苦しみを救う6種類の地蔵菩薩のことを指します。それぞれの地蔵は、地獄道の檀陀(だんだ)、餓鬼道の宝珠(ほうじゅ)、畜生道の宝印、修羅道の持地(じじ)、人間道の除蓋障(じょがいしょう)、天道の日光といいます。こうした六地蔵は、病疫や悪霊を防ぐ守りとして、日本各地の村境や辻(交差点)、寺や墓の入口などに置かれていました。(TOKYOイチオシナビより

 

お参りしました。お願い

 

 

この後も、不動様の周りを探したが、池らしい所は見つからない。

近くの人にお聞きしよう!と思うが、住まいも数件だけと少なく人影も無い。

 

 

段丘下で「バイクトライアル」

お不動様にお参りも出来たので、今回の歴史探訪はここで終わりとした。

でも折角来たので、さらに道を下って相模川の河原へ行って見ることに!

 

下って行くと、ビックリする程そそり立った河岸段丘の崖が出現。

その崖のほうから、バイクの唸るエンジン音が聞こえて来た。

 

何だろう?と近寄って見ると、河岸段丘下の大きな岩をバイクで乗り越えている人達がいた。

これは競技の練習?

友人の話だと、岩場を次々と乗り超える競技があり「バイクトライアル」というらしい。

 

調べてみると、スピードを競うのではなく、難しいコースをいかに上手に走れるか!という事を減点制で競う競技。

始めて見る私はビックリ。

 

 

 

珍しいバイクの競技を、目の前で見られラッキーだ。

これも不動尊のお導きかな?パー爆  笑

 

 

珍しい河原風景

時間は未だある。折角なので河原を散策。

地元の友人も、ここの河原を歩くのは久し振りとのこと。

 

歩き始めて二人はビックリ。

そこは河原と言うより林だ。

 

河原と言うと砂利で何も無い!と言うイメージだが、辺り一面低木がいっぱいの荒地だ。

 

 

友人の話によると・・・

子供の頃遊んだ記憶では、当時は石ころだらけの河原だったそうだ。

その頃(昭和60年代頃)、バブル経済の頃。高級住宅が飛ぶように売れ、ビルや道路もどんどん出来た時代で、砂利は必需品。その為河原の砂利を採取する業者が何社もあり、大きな重機が何台も河原で掘っていたそうだ。

また先程歩いて降りてきた神沢坂は、砂利を運ぶトラックの渋滞が出来る程だったそうだ。また途中の狭い大曲りでは、大きなトラックは切り返しが大変。中には崖から下に落ちたトラックもあったらしい。

 

相模川の河原では、結果としてあちこちに砂利を掘った大きな穴が開いていたそうだ。

その穴の事を「ジャリセン」と言ったそうで、その穴は大きなプールの様で、夏は子供達(友人も)がその穴で遊んだようだが、深い穴の水は上側は温かく下は冷たい。その為、急激な温度変化で心臓発作を起こして亡くなった子供もいるようだ。

また、機械で掘った穴の淵は崩れやすく、穴から上がれなくて事故にあった子供もいて、学校からは「近寄らないように!」と注意勧告が出た程だった。

 

 

その砂利を採る賑やかさは今はなく、人の姿は何処にもいない静かな河原。

 

ここは、いつも歩きに行く相模川中州の少し下の相模川。

見ると川向こうに「津久井湖城山公園」のある「城山」が見える。

 

川の淵で、穏やかな相模川の流れを見ながら、しばし友と会話を楽しみました。

 

 

楽しい時間は、川の流れのようにあっという間に過ぎた。

 

 

増水の跡残る河原

先ほど下って来た河岸段丘が微かに見えるが、それを遮るように木々が覆い茂っていた。

 

その木の根元には、台風等で相模川が増水した時に、流されて来て根元に絡みついた草がいっぱい。

 

私の背丈程の辺りまで、草が絡みついている。

友人の話によると、数年に何度かある大きな台風で、このすぐ上の津久井湖が満水となり緊急放水。下流の川は増水し、川向こうからこちら側まで、川水でいっぱいになる事が度々あったそうだ。

 

目の前の枯れ草は、台風19号の時の増水で流されて来たようだ!と友人。

 

 

河原を戻ると、河岸段丘下の「バイクトライアル」広場少し手前に、広いグラウンドがあった。

 

この地域の子供用のグラウンドのようだ。

休みの日には、子供達の元気な声が響き渡っている事だろう!

 

日々神社の案内で、滝つぼを見に来たが、今日は色々な出会いと発見がありました。

お不動様の前を感謝しながら通過して、下って来た河岸段丘に造られた坂道を登って戻りました。

 

その途中、樹木の伐採作業を続けている工事の人達。

邪魔をしないよう、急いで脇を通過して、友人宅へ戻りました。

 

 

最後までお付き合い有難う御座いました。バイバイ