10月12日
身曾岐神社から鉢巻道路、八ヶ岳高原ラインを走り、途中道の駅小淵沢で休憩。
ここで孫娘にお土産を購入しました。![]()
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この後、武田神社の紅葉も綺麗な頃。
武田神社に寄ってみよう!とも思っていたら、道の駅で買い物している人達の話し声が耳に入って来た。
「武田神社は人が多くて大変だったね。ここは静かでホっとする」
武田神社は混んでいるようだ。
どうしようか?
考えながら桃畑の道を抜け、七里岩ラインを少し走った時に見えて来たのが新府城。
そうだ、ここも紅葉が綺麗。
そこで急遽、新府城へ寄ることに決定。![]()
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新府城は今回で4回目?
駐車場にあった案内。
早速登って見ましょう。
鳥居を抜けると、目の前に長い階段が続いています。
それにしても、段数はかなりある。
段数を数えると、おおよそ250段程。
結構良い運動だ。
あと少し!![]()
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登り切った所に藤武稲荷神社。
右の方には能殿。
期待の紅葉は・・・?
既に終わっているようです。![]()
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いつもはもう少し遅くても楽しめたと思うのだけど。
遅くまで暑かったのに、今年の秋は短く早い。![]()
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新府城の想定復元図
神社の裏側に勝頼公のお墓があります。
脇には説明
その裏から見える八ヶ岳。
前回来た時は、回りの樹々が小さく、直ぐ下の桃畑が良く見えたのだが・・・
木も成長しますね!![]()
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終わり掛けの紅葉ですが、何とか少しは楽しむことが出来ました。
最後の紅葉が頑張っていてくれていました。
強い風が吹いたら、全部落ちてしまいそう。![]()
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本丸跡
葉の落ちかけた広場は、なんとも寂しい。
武田武士の無念さを、残り葉が表しているようにも感じてしまう。
私以外誰もいないから余計寂しく感じるのか?
武田家を代表する甲州流築城術の集大成となる新府城。
城としても、完成後3ヶ月で焼失するという悲しい運命の城です。
新府城は、武田勝頼が天正9年(1581)2月頃から築城をはじめ、同年12月に躑躅ヶ崎館(史跡武田氏館跡・山梨県甲府市)から移り住んだ城。翌年の3月には、織田氏・徳川氏が包囲網を狭める中で、勝頼は岩殿城(山梨県大月市)を目指し、新府城に火をかけ廃城になったと伝わる。(城びとより)
新府城の事が分かるサイト⇒城びと
ちょっとシンミリしながら、長い階段を降りて車に戻りました。
さあ、いよいよ家路です。安全運転で帰りましょう!
ところが、しばらく走って行くと、勝沼IC手前に通行止めの案内。
またまた通行止め。
今回は通行止めに泣かされます。![]()
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場所は国道20号の大月辺りの帰り道。![]()
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これからは、20号線をゆったりのんびり走って帰ろう!と思って居たのに!
その道が通行止めとは・・・
これは武田家の怨念か?![]()
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先日の台風19号による「法雲寺橋」の橋脚洗堀による落橋の恐れのためだそうです。
通行止め理由を知りたくて、帰宅後調べてビックリ。
しっかりした橋が壊れています。
その写真など情報はこちら⇒産経新聞ニュース
国道20号は大切な幹線道路。
迂回路として中央道の大月IC~上野原IC間の利用のみ無料としているようだが、早い復旧を願うばかり。
のんびり一般道を帰る予定だが、通行止めでは止むを得ない。
勝沼ICから高速へ乗って家に帰りました。![]()
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余談ですが、
大月IC~上野原ICの通行料金が無料!
と喜んだが、良く調べると大月IC~上野原IC利用の場合だけでした。残念!
今回は本当に沢山の紅葉を見る事が出来ました。
でも異常気象のせいか、例年の見頃と違うようでした。
だんだん秋が短く感じるのは私だけ?
そして、異常気象!の影響で台風や大雨。
多くの被害を実際に目にすると、とても怖い。
実際に被害にあわれた方々はどんなに大変だったでしょうか!
心よりお見舞い申し上げます。
この災害が繰り返されない事を祈るばかり。![]()
異常気象とは関係ないですが・・・
昨年末より体調不良で、一年余りお医者さんにお世話になっています。
そこで体力づくりのつもりで、一生懸命歩いている昨今です。
来年も、紅葉巡りが出来るよう、今後も一生懸命歩こうと思います。![]()
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紅葉巡りのお話に・・・
最後までお付き合い有難うございました。




















