6月17日(月)

新倉山の後、何処に行こうか検討し、

決まった所は御師宿坊「旧外川家住宅」

そこは新倉山から車で15分程の近さだ。

 

鳥居のある道を富士山の方へ進む。

 

街灯も参道に合うデザインでオシャレです。

 

この道を進むと赤い昇り旗が見えて来た。

 

手前に富士吉田市観光インフォメーションセンター。

その駐車場に車を置かせて頂き、旧外川家住宅へ向かう。

 

歴史を感じる佇まいだ。

 

 

門を潜った左側に、水量豊富な水が流れて居た。

「ヤーナ川(間の川)」と呼ばれエチル川(水路)が流れ、小さな滝が作られ、

宿泊する冨士講が到着や出発の際に、水垢離を行う禊場だったようです。

(パンフレットより)

 

さて、旧外川家住宅です。

左が勝手口。正面が格式の高い方用の入り口。その左側が一般の方用の入口。

左の勝手口の向こう隣が受付。

入場料100円を払って中を見させて頂きます。

 

庶民の私は、昔だと狭い隣の入口から入るのだが、今の時代は式台から入れます(笑)

入って見ていると、係のご婦人が来られガイドをしてくれるそうだ。

もう一組、横浜よりお越しのご夫婦が丁度来られたので、

私達と横浜のご夫婦の4人一緒にお話をお聞きすることになりました。

 

以後、お話をお聞きしながら、屋敷内を拝見しました。

ガイドさんはとても博識のある説明で、非常に分かり易く楽しい。

 

この建物は、ふじさんミュージアム附属施設/重要文化財・世界遺産構成資産でもあるそうだ。

ユネスコの認定証?

 

この建物は明和5年(1768)に建てられたもので、250年前の物。

神棚も立派です。

 

宿泊者用の漆塗りの食器

 

昔の写真などを見ながらの説明。

 

屋根裏の棟木に棟札が貼ってあり、

それが証拠となって重要文化財・世界遺産構成資産に認証されたようだ。

 

貼ってあった棟札の写し。

 

吉田の火祭りの説明もしてくれました。

この「吉田の火祭」は、夏の富士山の山じまいのお祭りとして毎年8月26日、27日におこなわれる北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社の両社のお祭り。

 

現在、この祭りを中心となって行う世話人は、他県に住んでいる方も多いらしい。

横浜や埼玉など、現在住んている所から、お祭りの時に来て活躍されるようだ。

 

このお祭りを一度は見たいものです!

 

梁には、釘隠しも付いていました。

 

昔の書類なども展示してありました。

 

お風呂の天井。

真ん中の穴は湯気抜き。

 

流石にお風呂はタイル張りです。

建築当時のお風呂はどんな作りだったか気になりますね。

残念ながら、近代的なこのお風呂は文化遺産外だそうです。

 

座敷は広いが、当時は宿泊される人が多かったようで、畳一枚に二人ぐらい寝たそうです。

今の山小屋よりも狭いかも(怖)

 

当時の版木や羽織なども展示してありました。

 

 

富士講装束の写真。

 

 

床の間の傍に像がありました。

富士講の行者「食行身禄(じきぎょうみろく)」の像です。

もとは一般庶民の出でありながら、富士山で修行を積み、最後は一ヶ月水だけで過ごし、

即身仏となって富士講の中興の祖として人々に敬われた方。
富士山信仰を庶民に広めた偉い方のようです。

 

神棚

 

建物は手前と奥の二棟あり、手前が古く、奥は少し新しく増築したそうです。

奥の棟の長押には、〇に鉄の字の釘隠しが有りました。

これは、建物の改修に際して浅草の冨士講社が人力をした証のようです。

 

手の込んだ建具が見事です。

 

床の間

 

奥の棟の障子の向こうは、素敵な庭。

 

庭には大きな御神木もありました。

昔は、敷地内で作物を作り、自給自足もしていたそうです。

 

とても爽やかな風が部屋の中を吹き抜けていきます。

エアコンも暖房も無い時代。夏は障子も外し蚊帳を吊って寝たそうです。

涼しい風が吹き込み、涼しくて良さそうですね!

 

その代わり、エアコンや床暖も無い建物です。冬はとても寒かったようです。

 

奥の庭が見える部屋には、白装束が展示。

冨士講は、この白装束が正装。

手に手甲、足元は地下足袋で「脚絆」をつけ、金剛杖。

白装束は他の色より陽の光を弾きやすいので理にかなっていますね。

また露出部分を少なくするため鉄鋼を付けたようです。

地下足袋は滑りにくく、足裏が薄いので体の安定を保ちやすく理にかなっているようです。

昔の人の知恵ですね。

 

かかっている白装束を見せてくれました。

背中にはスタンプがいっぱい。

押す所が無くなると、上に布を縫い付けてさらにスタンプを押すそうだ。

今回ガイドをしてくれたご婦人も何十回も登っておられ、布を縫い付けているそうだ。

 

ここでこのガイドさんのお話を少し。

富士山が好きで、横浜から吉田に引っ越しをされた当時は暖房も無く、

冬はマイナス18℃にもなり、食器が凍って割れるくらい寒かったそうです。

 

ご主人は都内勤務なので、週末になると奥さんの元へ帰って来る生活。

それ程富士山が好きで、今は富士山に関係するガイドの仕事をされているようです。

 

戦後早々の生まれの方ですが、富士山のお陰かとてもお若く見えました。

そして、富士山が大好きなことが伝わってくるガイドぶりがとても素晴らしかった。

 

壁に掛かっているこちらは、三十三回登られた記念の奉納したもの。

高尾山でも三十三回登るのに大変なのに、富士山ですからね。

凄い!

 

縁側から外を覗くと新しい竹の垣根がありました。

隣は昔ながらの田舎味噌を製造している丸甲醸造との事。

ほのかにお味噌の臭いが漂っていました。

田舎味噌、美味しそうですね。

 

軒先の江戸風鈴が涼しさを演出していました。

 

帰りがけに天井を見上げると、釘を使わない構造が良く見えました。

昔の大工さんは凄いですね。

 

家の中を一回り。ガイドさんの案内も終わりです。

そろそろ失礼しましょう。

ガイドさんにお礼を申し上げ、式台から失礼しました。

 

こういう所だと、さっと二十分もかからず見終わってしまうのだが、

気が付くと一時間以上過ぎていた。

本当に素敵なガイドさんの案内に時間を忘れていましたね!

 

さっと拝観して、すぐ食事をするつもりだったのだが、もう1時15分過ぎ。

慌てて近くの吉田うどんへ駆け込みました(苦笑)

 

そのお店がこちら 「ふじ山食堂」

 

肉うどん 600円

 

鶏唐揚げとうどん(ランチセット) 800円

通常の半分以上のうどんと唐揚げのセット。

 

大きなお皿に大きな唐揚げが5個とご飯が茶碗軽く半分程。

キャベツいっぱい。

これ程、量が多いとはビックリです。

 

お子様ランチでも丁度の小食の私には多すぎます。

連れ合いに唐揚げとご飯を半分手伝ってもらって完食でした(笑)

うどんは吉田うどん独特で、太くて硬く食べ応えたっぷり。

 

久しぶりの吉田うどんと唐揚げ。とても美味しかったです。

かなり頑張って食べたので、結局夕飯抜きとなりましたパーぐすん

 

富士吉田にお出掛の時は、ふじ山食堂、お勧めです!

特に若い方は量も多いので良いかも。

 

古民家見学と美味しいうどんで満足です。

 

今日の予定はそろそろ終わりのつもり。しかし、そうはいかないのが常。

今回も、ふじ山食堂を出て直ぐの浅間神社の前まで来た時、

急にお参りすることになりました。

 

その様子は次回とします。

 

ここまでお付き合い有難うございました。