6月21日(木)
高幡不動尊の続きです。
今回、ここの紫陽花を見に来たのは、
京王線の駅でこの広告を見たのがきっかけ。

ここ高幡不動尊の紫陽花は、
にも選ばれていた。
多くの名所が入場料が必要なのに、
高幡不動尊は無料。
さらに駐車場整理のオジサンもいるのに
駐車場も無料とは本当に有り難い。
お不動尊お参りを終えたので、お目当ての紫陽花を見に行って見ます。
紫陽花は、高幡城址のある山の斜面に咲いているようです。大日堂の横から山へ登りました。
山のハイキングコースには、明治四十二年開設の山内八十八ヶ所の弘法大師像がまつられており、森林浴を兼て約一時間、お参りしながら健康ハイキングが出来るようです。
その一つの札所の弘法大師像

弘法大師の石像は、どのお顔もちょっと怖い顔をされていた。
お不動様に関係しているからだろうか?
不動明王は、悪を絶ち仏道に導くことで、救済する役目を担っていることから恐ろしい表情をしているようだ。
さて、高幡城址への道は、街中なのに森深く、思ったより坂がありました。
ユックリ登って行く樹々の合間から見えた鐘楼。

五重塔

山内八十八か所は道沿いにあり、お参りする人も多い。

ここは昔、高幡城址が有った所。

この高幡城址を調べてみるが、詳しい事がわからなかった。
色々な資料を読んでみるとこんな事がわかった。
築城時期等に関しては詳しいことは分からない。1455年の「分倍河原の戦い」で、関東公方足利成氏と関東管領山内上杉氏と扇谷上杉氏の連合軍が戦い、敗れた上杉軍の先陣をつとめた上杉憲秋氏がこの地に逃れて自刃したそうです。この頃、第二次立河原合戦(永正元年・1504)でも付近で戦いがあったことから、その拠点に使用された可能性あるようだ(『日本城郭大系』)。城址は平野の独立峰で展望が良く、尾根に沿って郭が幾つかあったようだ。また一部には空堀のような地形もある。自然地形を利用した簡素な縄張りで、築城は室町時代以前、その後、戦国時代に使用されたとしても大規模な改修は無かったようだ。(各資料より推測)
取り敢えず、城址へ行って見ます。
ここが一番高い所への最後の石段。
この上にお城があったようだ。

曇り空とはいえ鬱蒼とした広場が広がっていた。

広場の一角が切り開かれている。

そこから見える景色がこちら

標高130mとはいえ、見晴らしが良い。
眼下には多摩モノレールが立川駅の方へ向かっていた。

高幡城址への道沿いに、紫陽花の花は少なかったが、城址から高幡不動尊側の斜面には、紫陽花がいっぱいだった。


山あじさい群生地の中に佇む弘法大師像

大勢の方が、花を楽しんでいました。



他のアジサイ園!と言われる所のように、一面紫陽花の花という公園とは違い、ここは、森の中に紫陽花の花が自生しているという感じの風景。
若葉の森と点在する紫陽花のコントラストが、
とても自然な感じで素敵だ!




大分、下の方へ降りてきました。



そろそろ、紫陽花の散策路も終わり、五重の塔が目の前です。

降りた所の紫陽花が見事でした。


この荘厳な五重塔。高さは45メートルあるそうだ。
歴史があるのかと思ったが、まだ新しく、昭和55年に建立された物のようだ。

この五重塔の下が休憩所になっていました。

内部はこんな感じです。

壁際には、奥殿にあった不動三尊像の内、脇の二人の像(両童子像)の写真が展示してあった。

実物は移せなかったので、こちらを撮影。
広い休憩所にはテーブルとイスもあり、休憩所内は、スマホをする人や、お弁当を食べている人、友達と会話を楽しむ人達で賑わっていた。
ここには無料の飲み物(お茶やお水)も有りました。
至れり尽くせりです!
今日は蒸し暑く、山も少し歩いたので汗もかいた。喉が渇いていたので、冷たいお茶が美味しかった。

ユックリ休憩し、汗も引いたので、そろそろ帰るとします。
休憩所を出た所の紫陽花が、優しくお見送りをしてくれました!

今日は、高幡不動尊にお参りと、森の中の紫陽花を楽しむことが出来ました。
紅葉も素敵そうな高幡城址。
季節を変えて、また来るとします。
駐車場に戻ると、駐車場待ちの車の列は、まだまだ続いていました。
人気の高幡不動尊ですね!
早く駐車場所を譲るとしましょう。
帰り道の川崎街道は電柱の無電柱化推進計画工事で何か所も長~い渋滞。
いつもだとイライラしがちだが、今日は、心穏やかに渋滞の道を帰路に着きました。
お不動様のご加護ですね!
感謝!
久しぶりに訪れた高幡不動尊に
最後までお付き合い有難うございました。
