紅葉札所巡り
岩之上堂・常泉寺・金昌寺
11月16日
最初の予定の秩父札所巡り、
岩之上堂と常泉寺と金昌寺です。
予定外の行動続きで、やっと岩之上堂に到着
ここは秩父札所20番

本堂は駐車場から一段下がった所にある。
参道を下る時、遅めのキバナコスモスが咲いていた。

札所の看板を持った小坊主さんがお出迎え

お堂の説明

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秩父札所の中ではもっとも古い建物(江戸時代の建物)といわれている観音堂。かつて巡礼は荒川を渡し船で渡り、観音堂前の大覗岩の下にあった奥の院から石段をのぼって観音堂に向かったという。 堂内には宮殿形の厨子があり、観音開きの扉の裏には日天、月天、風神、雷神と共に観音三十三応身の彫刻がほどこされ、貴重な文化財として保護されている。
なかなかの歴史あるお堂です。
お堂前のもみじが綺麗だ!

お堂にお参りです。

内部の天井

お堂には、お参りを終え名前を記帳する人が一組
お参りを終え、道内から見る境内


素晴らしいお堂ともみじでした。
次に向かったのが常泉寺
手前の駐車場より田の間を歩いて行きます。

本堂は、弘化4年(1847年)に焼失したが、安政5年(1858年)に再建された。 本堂左手の観音堂は、明治3年(1870年)に秩父神社境内にあった蔵福寺の薬師堂を移築。軒には、みごとな海老虹梁の龍の籠彫を見ることが出来る。
本堂

ここでもお出迎えの小坊主さん
秩父札所3番

お堂の右側にあった子持ち石。

「子持石」は常泉寺の寺宝の一つで本堂に安置されている。妊娠中の婦人を思わせる形の石で、子どもの欲しい人はこの石を抱いて願をかけると子宝に恵まれると伝えられている。
子持石には縁がない私達ですね(苦笑)
左側には「なでぼとけ」

自分の気になる所を撫でると良い様だ。
こちらは気になる仏様だ。
私は頭を撫でました。(ボケ防止)
連れ合いは膝を撫でていた。
常泉寺の説明

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境内にあった道祖神。

今年の10月に安曇野で見たのと同じ男女が手をつないでいる。
和合の道祖神ですね。
本堂左手の観音堂

明治3年(1870年)に秩父神社境内にあった蔵福寺の薬師堂を移築。
軒にはみごとな海老虹梁の龍の籠彫を見ることが出来る。とあった。


お参りをしてお堂に別れを告げ車に戻る時、
コスモスの花が咲いていた。

次に向かったのが金昌寺
最初に出迎えてくれたのが仁王門

大きなわらじが印象的な門です。
秩父札所の中で屈指の仁王門をもち、石仏の寺としてもよく知られている。大わらじがかけられた仁王門をくぐれば、そこかしこに石仏が見られ、寺内には千三百十九余体の石仏が並ぶ。その石仏の寄進者には江戸、武州をはじめ紀州、越前などの大名家に縁あるものも見られる。本堂の回廊右手には、有名な子育て観音像がやさしいまなざしを投げかけている。
わらじには賽銭が挟まっていた。

ここは第四番の札所。
その説明

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仁王門の天井

仁王門を潜った境内には多数のお地蔵様

お稲荷さん

本堂への道沿いのもみじ

どこかユーモラスなお地蔵さん

本堂前の六地蔵

説明にあった子育て観音像

ふくよかなお母さんの顔で、ちょっと教育ママ的な…
(こんなこと言ったら罰当たりそう。御免なさい)
門を潜って左側にお堂。

こちらが本堂(横)

本堂脇にあった説明

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本堂(正面)

丁度お二人がお参りに来ていた。
どうやらフィリピンの方のようです。
秩父札所巡りは世界的ですね。
ここにもいました小坊主さん。
ここは4番目の札所です。

本堂右側に、子育て観音像。

お堂の回廊右手にある膝に抱く赤子に豊かな乳房を含ませようとする姿は、ごく当たり前の母親の姿で、満足そうな笑みとやさしいまなざしは、見る者の心を和ませる。手の届く場所にあるので、そっと頬に触れたり、並んで記念写真を撮る人も多い。 寄進者の吉野屋半左衛門が、金昌寺のご本尊の霊験で子どもを授かったものの、その後子どもと妻をあいついで失ったため、生前の母子の姿を浮世絵師に下絵をかかせて建立・供養した仏像である。当時は人の前で子どもにお乳を飲ませるようなことはしなかった。
(秩父三十四観音霊場|秩父札所連合会公式サイト)
本堂の上に子育て観音の絵があった。

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本堂の前にはお地蔵さんが沢山あった。

本堂脇の斜面にも…

寺内には千三百十九余体の石仏があるというが、
数えなかったが、本当にありそうですね。
帰りがけに見た仁王門の中段にも木彫りの仏様

これで、札所巡りの予定場所はもう一か所となりました。
そこは、
コミネモミジで有名な西善寺。
そのお話は次回へ続きます。
最後までお付き合い有難うございました。
