日本アルプスの総鎮守
穂高神社

10月12日(水)
朝6時に目覚めたら、なんと朝焼けだ。
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今日は良いことがあるかも!グー

今日の予定は、
①穂高神社 ②大峰高原の七色カエデ
③有明山神社 ④東光寺と道祖神
・・・と盛りだくさんです。


まずは穂高神社を目指します。

久々の青空の中央高速から長野道を走ります。
快適にあづみ野PAに到着。
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PAの脇に白雪姫と7人の小人。
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その脇の小高い丘に登ってみると、
目の前にアルプスの山が広がっていた。

見事な展望なので写真を撮って見ました。

後で、
山の名前を調べて写真に書き出してみました。
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聞き覚えのある山ばかりですね。


広場の一角に道祖神。
その像は仲良く手を繋いでいる姿です。
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手を繋いでいる道祖神の意味は何だろう?
今日はあとで道祖神巡りもするので調べることにしよう!

安曇野ICで高速を降り、一般道を走っていると、
常念岳が目の前に見えてきました。
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穂高神社の案内が交差点脇に出現。
そろそろですね!
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しばらく山の方へ走ると有りました。
穂高神社です。
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鳥居の左脇に船です。
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御船祭の船型の山車のようです。

御船祭

 船型の山車に穂高人形を飾った大小5艘のお船が笛や太鼓の囃子(はやし)にのり、氏子衆によって神社へと曳き入れられます。勢揃いした御船のきらびやかな様子は、歴史絵巻を見るかの様です。境内を練り、神前を曳き廻るうちには、お船が激しくぶつかりあい、その壮大な迫力に、時のたつのも忘れてしまいます。
 御船祭りのお船は、子供船と大人船とがあり、なるの新木を用いて毎年組み立てられます。男腹(おばら)、女腹(めばら)には着物が何十枚も掛けられ船上には毎年ことなった穂高人形が飾られます。着物の持ち主は、一年間健康で過ごせると言う信仰も息づいています。
 お船の起源は穂高神社の祭神が安曇族の祖神(おやがみ)である海神をお祀りし古代北九州に本拠があった安曇族は海洋に親しみ海運を司っていたこと、大将軍安曇比羅夫の船師を率いての百済教援、又氏族の朝廷での活躍などで、平安時代の標山室町時代の神座の山車等に原形を見ることができます。 <穂高神社HPより>

御船神事例大祭は、毎年9月27日だそうだ。
今年は来るのが遅かったですね!


拝殿へ向かいます。手前に神楽殿。
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中央に大きな杉の木。
名前は孝養杉。
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樹齢は500年以上のようだ。
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名前の由来

穂高柏原在住の高木康江(すみえ)さんが大正10年辺りの10代の頃に、母親の病気平癒祈願のため、丑三つ時に白装束でお参りをされて、母親の病気が良くなったといったことがいつしか氏子の人たちから噂になり、いつの頃からかは定かではないが、人々から「孝養杉」と呼ばれるようになった。<穂高神社HPより>


拝殿へ向かう幼稚園生の一団。
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拝殿では神主さんが、祝詞をあげて居ました。
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巫女さんもいます。
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赤ちゃんの初宮参りのようです。
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健やかに育ちますように!
私達もお参りさせて戴きました。


拝殿の右側には神馬舎が二つ。
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この像は小川大系作(昭和24年)
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唐鞍(奈良時代の馬の飾り)をつけた馬としては全国でも稀に見るもので、
馬は木曽馬をモデルにしているそうです。


安曇比羅夫之像
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この人は…

安曇 比羅夫(あずみ の ひらふ、生年不詳- 663年?(天智2年))は、7世紀中頃の外交官・武将。氏は安曇氏だが安曇山背と表記されるものもある。姓は連。名は比良夫とも書く。
舒明天皇在任中に百済に使者として派遣されていたが、641年舒明天皇の崩御に際し、翌642年百済の弔使をともなって帰国し、その接待役を務めている。またこのとき百済の王子翹岐を自分の家に迎えている。661年高句麗が唐の攻撃を受けると、百済を救援するための軍の将軍となり、百済に渡っている。翌662年日本へ渡来した百済の王子豊璋に王位を継がせようと水軍170隻を率いて王子とともに百済に渡った。大錦中に任じられた。
663年8月27-28日の白村江の戦いで戦死したとされる。長野県安曇野市の穂高神社に安曇連比羅夫命として祀られる。同神社のお船祭りは毎年9月27日に行われるが、これは安曇比羅夫の命日であるとされる。<Wikipediaより>

安曇 比羅夫は若宮に祭られているようだ。
ダウン
若宮社
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拝殿左には安曇野の銘酒が奉納されてた。
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沢山ありますね~!にひひ
酒好きの連れ合いは嬉しそう!
全部の銘柄を飲むのに何年かかるかな。
お酒 チョキ


まだ幼稚園生が参拝していました。
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拝殿左の広場にあった「結びの石碑」
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千度石の石神三石です。古来境内に祀られ、
願いが叶うまでお千度詣りの信仰をされてきたそうです。

嶺宮遥拝社
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傍にあった説明書き。
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まず登ることが出来ないであろう穂高。
嶺宮遥拝社にお参りしました!
これで穂高山頂に登ったのと一緒ですね?
パー



この神社の駐車場脇に、道祖神があります。
お参りしました。

塩の道道祖神
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安曇野は道祖神の宝庫といわれ、
男女の神様の仲睦まじい姿の「ラブラブ道祖神」が数多くあり、
見る人を微笑ませてくれます。

新潟県から長野まで続く塩の道にあった千国街道にあった道祖神。
だが過疎化のためこの穂高神社に祭られたそうだ。

道祖神の脇に三葉の松がありました。
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脇の説明書き
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道祖神脇にコスモスの花
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穂高神社のお参りが終わり、
穂高神社の近くにある道祖神巡りを少ししてみました。

その様子は
道祖神で有名な東光寺の道祖神と一緒にご紹介します。

次に向かったのは大峰高原の七色カエデです。
どんなカエデか楽しみです。


そのお話は次回に!


最後までお付き合い有難うございました。