八菅山~鳶尾山トレッキング
①八菅山
2月5日(金)
久々のトレッキングに行ってきました。
行った所は、愛甲郡愛川町の八菅山から鳶尾山。
愛川聖苑の裏にある山。
昨年知人の葬儀で行ったとき、初めて知った山です。
これも知人の引き合わせ…
冥福を祈るつもりで行って来ました。
川沿いの橋を渡って真っ直ぐ進むと
突き当たりに八菅神社(はすげじんじゃ)があります。
その左脇に駐車場に車を停めます。
鳥居をくぐって登ります。

鳥居脇の宝物館脇に、梵鐘がありました。

この梵鐘は歴史がある様だ。
説明書き。

保存のため、鐘を突くことは出来ないようです。
八菅山の説明

この説明書きによると、八菅山は昔、蛇形山と言ったそうだ。
詳しくは説明書き
をご覧ください。
蛇形山と言うことからか、
神社の傍には 右眼池、左眼池 と言う二つの蛇池があるそうだ。
池巡りは次回の楽しみとします。
梵鐘の反対側にあるお地蔵さん

お地蔵さんの先から続く神社への階段

この階段は300段あるようです。足腰鍛えるには最適 
気合いを入れて登りました(苦笑)
登り切った所に手水舎

しめ縄が付いた対の杉。太くて立派。

手水舎の脇にあった神社の案内。

さらに帰宅後少し調べてみました。一部をご紹介します。
由 緒
廃仏毀釈以前は、関東でも有数の修験道の霊場であった。縁起に拠れば、大宝3年(703年)に役小角が訪れた時に起きた奇瑞から「八菅山」と名付けられ、和銅2年(709年)に行基が勅願所として七社権現の寺を建立したという。別当は光勝寺と言い、七堂伽藍と院坊50余が存在したという。神仏分離令と修験道禁止により、山内に多数居住していた修験者は還俗し、山麓で帰農した。この際、宝喜院など有力な15の院坊は足立原姓を名乗った。春の例大祭では修験道時代の名残で「火渡り」が行われている。
ウィキペディアより
これほど由緒ある神社とはビックリ。
この階段の上が社のようです。あと少し、頑張って登りましょう

こちらが八菅神社の社

流石、由緒ある神社です。
一般的な神社は、幅が狭く奥に長いと思うのだが、ここは、横に広い造り。
この造りに意味があったのか?
屋根を見ると、両サイドにシャチホコが付いている。

シャチホコの付いている神社は初めて。これにも何か意味があるのだろうか?
この神社、初参りには大勢の方で賑わうようです。
多くの方に愛されているようです。
竹箒で境内を履いている年配の女性をお見かけしました。

神社の方?とお聞きすると、違いました。
その方は、
ガンを患った時、枕元に神様が出て来られたそうだ。
それも2度も!
その神様に導きられて、この神社に何度もお参りをされたそうです。
そのお陰で大きな手術も無事終わり、その後も元気に過ごす事が出来ているそうです。
元気になった今も欠かさずお参りし、境内の掃除をされているそうだ。
お話しの途中も、手を合わせておられました。
私も、お参りさせて戴きました。
健康で山歩きが出来ますよう
神社の脇をさらに登ります。

途中あった梵天塚。

この八菅山は修験道で有名だったそうで、
その修験道で祈祷に用いる梵天幣束を立てたことにちなむ名ではないかといわれているようだ。

梵天塚を少し行くと開けた丘に出た。
そこには見晴らし台

ここから見える景色の紹介図

愛川の街並みの向こうに相模原市、さらにその向こうには東京都と川崎が見える。

少し霞んでいるので、写真ではとらえることが出来なかったが、
スカイツリーもかすかに見えた。
まさか、ここまで見晴らしが良いとは思わなかった。
感動です
教城坊塚の祭祀遺跡

丘には鐘もありました。

この山頂あたりは「八菅山いこいの森」で、フィールドアスレチックの遊具が沢山ある。
お子さんとお弁当持って来たら喜ばれそうですよ!
ご興味ある方はこちらをご覧ください。
森の地図もあります
童心にかえり、遊ぶ連れ合いでした 

しばらく景色と遊具を楽しみました。
ここは本当に素敵でした。散歩されている方も大勢いました。
それ程急な登りもなく、散歩と言う言葉がぴったり。
健康促進にはぴったりの所ですね。
多くの皆さんは、来た道を戻られるようですが、
歩数計を見ても4,000歩程度。
まだまだ歩き足りない。
そこで、鳶尾山へ行ってみることにしました。
この鳶尾山も期待以上に素敵な所でした。
そのお話は次回に続きます。
最後までお付き合い有難うございました。
